花鳥風月
豊かな地球の恵みを敏感に感じ、絶妙な香りの配合を表現してきた先人たちの繊細な感性により培われてきた日本の香文化。それは、自然との共生を大切にし、様々なものを調和させ、新しいものを生み出す日本人の美意識そのもの。そんな日本人の美意識をはぐくむ「日本の美しい自然の移り変わり」を、本コラムでお届けします。
春風にのって春薫る
全国的に春うららかな天気に恵まれ、春の訪れを感じる今日この頃。いかがお過ごしでしょうか。春分の日も過ぎ、昨日は東京では桜の開花宣言もでました。いよいよ待ちに待った春の到来ですね。
春の香り
寒い冬を過ぎると少しずつ花も咲きはじめ、花々からは春の香りを感じるようになります。節分のあとに梅が春の訪れを知らせるかのようにいち早く咲きはじめ、桃、沈丁花、水仙、たんぽぽなども、そして桜と美しい花を咲かせてくれます。
それはまるで、植物たちも厳しい冬を耐え抜いた喜びを春を待ち望んでいたかのようにも感じます。こうして様々な春の花々が咲きますが、あなたにとって「春の香り」は何の香りが思い浮かびますでしょうか。
香りで悠久の時を巡る
時代は遡り、日本の香文化が花開いた平安時代。香りを楽しむのは貴族中心ではありましたが、『源氏物語』の中にも光源氏をはじめ藤壺の宮や紫の上など様々なシーンにおいて薫物(※お香)がでてきており、雅な王朝の暮らしのなかで香りが楽しまれていたのを窺い知ることができます。そして、その香りからも彼らの四季観を感じ取ることができ、当時は四季ごとに表現された香りがありました。
それは、「六種の薫物」と総じてよばれますが、春夏秋冬の四季毎に香りがありました。
●夏の香:「荷葉(かよう)」 蓮の葉の香りになぞらえた
●秋の香:「侍従(じじゅう)」秋風の感じをもつ
「菊花(きくか)」 菊の花の香りになぞらえた
●冬の香:「黒方(くろぼう)」冬の香り(黒は冬、北、を意味するため)
※近世以降は「祝儀用の香」とされ、初春、また四季通用として用いられる香りに。
このように、春夏秋冬になぞり四季を感じる香りがありますが、「春の香り」は何が表現されていると思いますか?
王朝時代の「春の香り」
春の香り。それは「梅花(ばいか)」と称され、文字通り“梅の花”の香りに似せたものになります。
春というと“桜”の花を彷彿させますが、寒ければ寒いほど梅は強い香りを放つように香りが色濃く感じ、寒い冬を越えていち早く咲く梅が春の喜びをより一層感じることができるからでしょうかでしょうか。
この「梅花」には、沈香・占唐・甲香・甘松・白檀・丁子・麝香・薫陸の香料が混ぜ合わせられていたといわれています。
はなやかに今めかしう、すこしはやき心しらひを添へて、めづらしき薫り加はれり。(梅枝「源氏物語」)
(華やかに今風な、いくらか鋭く、強い香りを生かした心くばりがモダンで、ほかにないすてきな香りがする)
これは「梅枝」のなかで紫の上精魂込めて創り上げた「梅花」の香りに対して香りの判定をすることになった螢宮が評した言葉になりますが、用いる沈香の品質の良しあしや、同じ「梅花」でもその家々ごとの秘伝も加わり、出来上がった香りは多様で一概に同じとはいえず。しかしながら、「梅花」は想像するに馥郁たる甘さのなかにも凛とした気品高い香りを彷彿させます。
このように源氏物語でも「梅枝」の中でこの「梅花」の香りは描写されていますが、他にもこんな和歌もありました。
梅の花立ち寄るばかりありしおり人の咎むる香にぞ染みぬる よみ人しらず
(ほんのちょっと梅の花に近寄ったばかりに、その移り香が染みついて、ひとに咎められる羽目になってしまった)
おそらくこの“人”とは奥さんのことであると思いますが、「梅花」の香りを焚き染めた女性に寄り添い、染み付いた移り香で浮気がばれてしまったという、なんとも現代でもよくありそうな話ではありますが、歌をよむこの男性も「梅花」の香りだとわかるところに感嘆します。
梅を憂い
「梅花」の香りをイメージしながらも、梅の香りをあらためてきちんと体感したいと思い、3月初めになりますが小田原の近くにある梅園に行ってきました。
大雨が降った後ということもありほとんど咲き散っていましたが、品種によってはまだ咲いており、その梅の近くを通る人はみんな「梅の香りがする~!」と喜びの声をあげていたほど。
寒い風のなかでも馥郁な甘い香りで楽しませてくれ、「梅花」の薫物の香りも当時はこういう梅の花を感じ取っていたのかなぁと思いを巡らしていました。
梅は輸入花であるけども
しかしながら、梅は中国からの輸入種であることも忘れてはなりません。
数年前に中国の蘇州にある有名な中国庭園を訪れた際、梅の木々が多く植えられており中国の春の木だと説明を受けとても驚愕したのを覚えています。(てっきり日本ならではの木だと当時はまだ思い込んでいたため。)
和歌などでも梅がうたわれるようになったのは奈良時代に入ってからで、梅の花が船舶品として日本にはいってきたのは中国から太宰府を経て平城京に入ってきたといわれています。当時の人々にとっては大陸のものはすべてが目新しくまた憧れもあったとはいえども、国風文化が培われるなかでも、梅の花の美しさも香りをも当時の人々を魅了していき、日本に土着していったのかもしれません。
「新たな命」が生まれるとき
春の訪れをつうじて春の香りに思いをはせてきましたが、こうして日本の風情におさまっている梅はやはり春の訪れをつげるめでたい花でもあります。
「春」は新たな季節、新たな春夏秋冬が始まる季節であり、また、植物などが枯れてしいまう寒い冬から、新たな芽、新たな命がでる時期であります。
あなたはどんな種をまき、どんな花を咲かせ、どのような香りを放ちたいですか?
新たな命がしっかりと育ち、そして実を結びますように。
すてきな春が皆さまにも訪れますように。