花鳥風月~美しい自然の移り変わり~
豊かな地球の恵みを敏感に感じ、絶妙な香りの配合を表現してきた先人たちの繊細な感性により培われてきた日本の香文化。それは、自然との共生を大切にし、様々なものを調和させ、新しいものを生み出す日本人の美意識そのもの。そんな日本人の美意識をはぐくむ「日本の美しい自然の移り変わり」を、本コラムでお届けします。
新しい時代「令和」のはじまり
新しい元号「令和」がはじまり1か月弱が過ぎようとしていますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
「令和」という新しい元号に耳慣れないこともあったかとも思いますが、心なしか馴染みはじめています。お店で行っているお香づくり体験で書いていただく記録紙にも最後の日付で「令和元年」と書いていただきますが、皆さま口々に初めて書く!と仰られ、一筆ごとに親しみを感じられているのをお見受けします。
「令和」で248番目
「大化」(645年)から数えて248番目の元号。この数字を目にするだけだと一瞬長いのか、短いのか・・・わからなくなる錯覚に陥りますが、やはりこの歴史の長さというのはほかの国にはないもの。誇るべき点でもあると思います。
お香づくり体験の席でも簡単に日本のお香の歴史のご説明をさせていただいておりますが、香木が漂着したのが595年、そこから1500年以上の歴史が紡がれているというのも、この歴史の長さの凄みを今回の改元であらためて感じました。
というのも、平成を振り返るという様々な特集が組まれておりましたが、様々な映像が記録として残る時代にはいったこともあり、通信機器一つとりあげても、この30年でこんなにも大きく変化したのだというのをまじまじと目の当たりし大変驚きを隠せませんでした。
30年だけでもこれだけ大きな変化があったということは、お香の1500年以上という長い歴史はさることながら、そもそも・・・この日本の歴史は時代は変われど天皇制をもとに続いているということは俯瞰的にみても目覚ましいことだとあらためて思いました。
「古事記」を読み直す
日本の歴史を振り返るにあたり、最初にいきつくのがやはり「古事記」。
天皇陛下がご即位されるにあたり「剣璽(けんじ)等承継の儀」等の儀式を映像をつうじて拝見できましたが、三種の神器である「勾玉」「剣」が継承される瞬間は大変心が高鳴りました。
「古事記」には日本の神話から歴史の段階にはいってく過程が描かれておりますが、神話の時代に書かれている「勾玉」「剣」、無論、「鏡」も今の時代になってもこうして伝わっているということはほかの国にはないこと。
こうして紡がれているということはつい日本にいると当たり前のような感覚にも陥ってしまいますが、これは本当にすごいことであるとつくづくおもいます。
倭建命の歌
高天の原にはじまり、伊邪那美、天照大御神など神話の時代を読み直しながら、その歴史の背景を顧みるのが好きなのですが、今回ふと目に留まったのは、倭建命が詠んだ歌です。
「やまとは 国のまほろば たたなずく 青垣山隠れる やまとし うるわし」
(大和は素晴らしい国、幾重にも重なって垣をなす山々、その山々に囲み抱かれている大和はなんて美しい国だろう)
倭建命(やまとたけるのみこと)は第12代景行天皇の皇子。天皇より命をうけて出雲へ征伐にいき、諸国平定の遠征から大和に帰る途中で命を落とし、大きな白い鳥としてなって天に舞い上がったと、日本神話の中でも英雄とされています。
この歌は、まさに最後のときに詠んだといわれている歌です。
上の写真は先日大神神社に行った際に展望台から景色です。全く同じ場所から見ているわけではないにせよ、時代は移れりども、この壮大な山々を眺めていたのだろうかと思うと心が馳せ、また同じようになんと素晴らしい国なのだと心震えました。
豊かな自然に恵まれた国土
こうして長い歴史が紡がれていく背景には様々な要因があると思いますが、やはり一番大きく起因しているのは日本列島は豊かな自然に恵まれているということがあると思います。
縄文時代にまで遡ってしまいますが、やはり日本列島は自然に恵まれていたので食糧が豊富であったというのが土器などの遺跡からも科学的に証明されており、他の大陸からさまざまな民族がこの”日出る国”を目指して上陸してきたとも今のDNAの研究でも判明してきています。
いずれにしても、この”豊かな自然”という国土に恵まれているなかで命が繋がってきました。
そこには、自然を支配するという西洋の価値観ではなく、古の人たちはこの山々や海、川など”自然”そのものに”神”を見出し、自然と共に共存するという精神性のもとに暮らしが営まれてたというのも大きな要因だったとおもいます。
自然がすべて教えてくれる
都会のなかに身をおいていると、ビルに囲まれて見上げる空も小さく感じたり、ほとんどがアスファルトで覆われているので土を見ることもなく、また、スーパーやコンビニに行けば手軽に食料も手にすることができ、自然を身近に感じることさえ、また大地の恵みでもある野菜や米などのありがたみさえも薄らいでいく一方だと思います。
しかし、ここ何年か山奥にある天河に通いそこで畑のお手伝いをするようになってから、大自然の中に身をおき、土にふれ、山奥に登り川の源泉をみて水のありがたみを感じるなど、”自然の凄み”やありがたみ、そして、自然がすべて人生の教えを説いてくれていると思うことが多々あります。
バラの苗木から
今回も畑作業をしているときにすごく学んだことがあります。
これは畑の一画なのですが、春になり一気に雑草が生い茂り。
バラの苗木の元が完全に覆われてしまうほど。(もっとこまめに手入れができればここまでならないと思うのですが・・・この一画だけはなかなか手が回りきらず)
根こそぎ雑草を刈り取っていくと、ようやくバラの苗木の枝元が見え、畑もスッキリ。
刈り取った雑草にはたくさんのテントウムシがついていて・・彼らの居場所をとってしまったのが少し心痛くなりましたが・・すぐに次の場所をみつけてくれてほっと安心。
途中畑の作業に夢中になりすぎて・・・きちんと写真を撮るのを失念してしまったのですが・・・、今回のこの作業で感じ得た学びは雑草を刈り取った後のバラの苗木の姿からでした。
写真からだとわかりずらいかもしれないのですが、実は真ん中にも苗木が植えられています。ただし、雑草が生い茂りきちんと太陽の光も浴びることもできなかったのでしょうか・・・この苗木だけはもう死に絶えてしまい腐ってしまいました。(無念)
刈り取る
春になって大きく成長しようと息づいているけれども、周りにはそれを邪魔するかのように生い茂る雑草が成長をとめるかのように。
でも、その雑草を刈り取ると、その木々が不思議と生き生きしているようにも見えます。これで太陽の光も水もしっかり吸収できますしね。
人間の頭の中と同じ
この畑をしながら、まさにこれって人間の頭の中と同じだ!!!と思ってしまいました。
例えるならば・・・苗木が私たちで、雑草が悩みや不満や様々な感情や四六時中考えていることなど。
そういう感情や考えをずっと持ち続けていれば、頭の中に雑草が生い茂り、この苗木と同じように腐っていってしまう。いうなれば、本来の力も出し切れずそのまま閉塞してしまうようなもの。
だけど、頭の中の雑草を追い払えば、スッキリして自分本来の力を活かしていける!
新しい自分へ
今宵は皐月の満月。
自分の中に生い茂っている”雑草”を刈り取ってみてはいかがでしょうか。
古い自分、古い考えや執着、そして悩みや怖れ・・・。畑のなかと同じようにそのままにしていればそれらの感情の雑草もどんどん生い茂っていると思います。
それらの”雑草”を、もう惜しみなく刈り取る。すると、自ずとスッキリしてくると思います。
方法は、いたって簡単。
香を焚きながら、ただボーッとするだけ。
香を焚く中で、深い呼吸をしていき、その吐き出す呼吸のなかで自然と”雑草”の思考や感情が香煙とともに上へと吐き出していってくれます。
奇しくも、新しい元号「令和」になってからはじめての満月。
自分の芯は変えずとも、新しい時代という環境に寄り添える自分になれるために、成長を邪魔する”雑草”は今刈り取ってみるのにもいいタイミングです。
これからより青葉が芽吹くときに、そして夏には花を咲かせていきます。
私たちも今がまさに”伸び盛り”のとき。
皆さまにもすてきな花が花びらきますように*
そして、これからもこの自然豊かな”美しい日本”がつづくように自然を大切にしていけますように・・・・*
今宵は香を焚きながら素敵な満月の夜をお過ごしください。