花鳥風月~美しい自然の移り変わり~
豊かな地球の恵みを敏感に感じ、絶妙な香りの配合を表現してきた先人たちの繊細な感性により培われてきた日本の香文化。それは、自然との共生を大切にし、様々なものを調和させ、新しいものを生み出す日本人の美意識そのもの。そんな日本人の美意識をはぐくむ「日本の美しい自然の移り変わり」を、本コラムでお届けします。
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今もなお記録的な豪雨に見舞われるなか、熊本県はじめ九州の皆様、被害にあわれた皆様に心よりお見舞い申し上げますともに、ただただ皆々様がご無事であられることを固唾を呑んで祈っております。
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『夏至』が過ぎいよいよ本格的な夏が到来と思うなか、梅雨期のさなかで雨が多く、日ごとに暑さが増していきます。
そんな中、6月30日は一年の前半が終わる節目の日。日本各地の神社では、半年間の穢れを祓い清める神事「夏越の祓(なごしのはらえ)」が行われました。穢れを祓い清めるため、神社の境内には茅(ちがや)を束ねた大きな輪が立てられ、八の字を描くように輪をくぐり抜ける「茅の輪くぐり」が行えますが、今年は通年以上に祓い清められますようにと強い気持ちで臨まれた方も多くいらっしゃったのではないでしょうか。
さて、全国の移動が解禁されたのを受け、マスクをはじめ感染拡大につながらないよう十分に気をつけながら6月末ごろに天河に行ってきました。ちょうど、梅雨の中休みかのように、久々に煌々とした太陽の日照りを感じながら歩いていると、木々の葉が生い茂る自然の姿に心奪われつつ、季節の移り変わりの速さを今まで以上に痛切に感じてしまいました。
半年ぶりになってしまったものの、村の方々とお会いしいろいろと話していると、どこかそこには時の流れを一切感じない、心の平安がありました。
そんな中、村の方から「明朝、蓮畑を見てごらん」と言われ、久々に4時前後に起床し、日の出を蓮畑で迎えました。
例年この時期になると各地の蓮を観に行きますが、蓮は明朝に花開き、開花とともに『ポンッ』という音が聞こえるという話を何度も耳にするものの、まだ見たことも聞いたこともなく、その奇跡の瞬間を確かめたいという思いにもかられていました。
夜明け前の月の光をまだ感じる暗闇のなかで、まだかまだかと蓮の開花の瞬間を待ち焦がれずっとその瞬間を息を呑みながら待つなかで、五木寛之氏の本の『朝顔は闇の底に咲く』という内容がふと思い起こされました。
朝顔日記をつけ幼少時から朝顔の研究を続けている方が、いくらいろいろな方法で実験しても朝顔のつぼみは咲かなかった。そこで最終的に思い感じたのは『アサガオの花が開くためには、夜の暗さが必要なのではないかと考えた』と。五木氏はそれを読み、
朝顔が朝開くのは夜明けの光とか暖かい温度のせいではなく、夜明け前の冷たい夜の時間と闇の濃さこそが必要なのだ。朝顔は、夜の闇のなかで花を開く準備をするんだな。
人間も希望という大輪の花を咲かせるのは、かならずしも光の真っただ中でも、暖かい温度のなかでもなかろう。冷たい夜と、濃い闇のなかに私たちは朝、大輪の花という希望を咲かせる。夜の闇こそ、花が咲くための大事な時間なのだ、と私はそう考えました。
蓮を眺めながら、ふとこの一節が脳裏に蘇り、蓮の花にも通ずるものがあるのではと思いを巡らしていました。
しかし、待てど暮らせどもなかなか奇跡の瞬間を目にすることはできず、心残りな思いでおりましたが、逆に興味深い現象に目がいきました。
うまくカメラでおさえられなかったのですが、蓮の花や蕾が少し右前に傾いているのがわかりますでしょうか。
まるで少し首を垂れるかのように、また会釈しているかのようにも、蓮の花も蕾も同じ向きに傾いているのです。そして、その向きというのがまさに日の入りをした“太陽”に向けてだったのです。自然の雄大さともいうのでしょうか、それともこれぞまさに神聖な瞬間だったのでしょうか。大変感慨深いものがありました。
然して、東京に戻り幕末志士の本に読み更けていたころ、このような一節に目がとまりました。
朝蒙恩遇夕焚坑 朝に恩遇を蒙り 夕に焚抗せらる
人生浮沈似晦明 人生の浮沈 晦明に似たり
縦不回光葵向日 たとい光を回らさずとも 葵は日に向う
若無開運意推誠 もし開運なくとも 意は誠を推さん
洛陽知己皆為鬼 洛陽の知己 皆鬼となり
南嶼俘囚独竊生 南嶼の俘囚 独り生を竊む
生死何疑天付与 生死何ぞ疑わん 天の付与なるを
願留魂魄護皇城 願わくば 魂魄を留めて皇城を護らん
西郷隆盛「獄中感有り」より一部抜粋
(超訳)
朝には主君から厚い待遇を受けても、夕べには生き埋めにされることもある
人生の浮き沈みは、昼と夜の交代のようなものだ
にもかかわらず、葵(ヒマワリ)は光がささずとも、いつも太陽の方を向いている
もし自分の運が開けなくても、誠の心を抱き続けたい
京都の同志たちは皆、命をかけて国難に殉じた
いっぽう南の島の囚人となった私ひとりがこうして生き恥をさらしている
人間の生死は疑うことなく天から与えられたものである
願わくばたとえ死んでも魂を地にとどめ天皇の御所をお守りしたい
西郷隆盛は藩主島津久光に逆らった刑で、2度目の島流しとなった沖永良部で詠まれた漢詩「獄中有感」です。
島流しにあおうとなかろうとその不遇を嘆かない。わずかな握り飯と塩と水のみ。入浴や着替えも許されず、人との接触も遮断され、ただただ衰弱していく・・・という苛酷な環境の中で、座禅を組んだまま、ひたすら自分と向き合い続けた西郷は、このときに「敬天愛人」の精神に行き着いたといわれていますが、そこには、天命を恨まず、むしろ自分が生かされていることに喜びすら感じている、そんな西郷氏の強い精神力を感じます。
さて、今宵は文月の満月。香を焚きながら、『希望』という光を心の中で感じ見ることを意識してみてはいかがでしょうか。
前述の『朝顔は闇の底に咲く』と『獄中感有』にも共通しているのは、“暗い闇”と”逆境”の中でさえも、必ず順境の時が来ることを信じて、決して恨まず、動揺をきたさず、“今を生きる”。この頑なとした姿勢が逆境に打ち勝つ精神力を鍛え上げ、また同時に、五木氏がいうように、夜の闇こそが、花が咲くための大事な時間なのだと思います。
コロナと共存する新しい生活スタイルが提唱され、より一層『今まで当たり前だった』こと等が制限されるなか、また、その中での未曾有の自然災害にも見舞われ、この先どうなるのか先の見えない不安にかられる方も見受けられるますが、今私たちがおかれているこの状況がはたして“順境という光”の中にいるのか、“逆境という闇”の中にいるのか、どう捉えるのかも問われているようにも感じます。
しかし、夜の闇こそが、花が咲くための大事な時間であるならば、大輪の花を咲かせるためにも希望をもち、一日一日を大切に、今を受け止め、”今を生きていく”ことに尽きるのだと思います。
必ずや皆々様にとって、今まで以上にたくさんの大輪の花が咲き誇る人生に、また日本だけでなく、全世界の生きとし生けるものすべてが、光を見出せる平和な世になりますように。
心安らかなる満月の夜をお過ごしください*
(編集後記より、一部抜粋)
7月に入り東京都のコロナの感染者数がまた増加している中、私どももより気を引き締めながら安全面含め対策を講じていかなければならないと思っておりますが、『ニューノーマル』という社会の在り方が連日、提唱されているなかで、元号が平成から令和へと変わったように、まさに“新しい時代”へと突入しているのだと思わざるをえないとつくづく思います。
前述にも西郷隆盛の『獄中感有』をご紹介させていただきましたが、時代が大きく移り変わるときはまさに“幕末”と共通するところがあるのではないかと思い、ここ最近はもっぱら幕末の書物を読み漁ってしまいます。
265年という長きにわたり江戸を中心に徳川の幕府による鎖国にあった日本において、突然アメリカから黒船が来航することで、植民地化を逃れ近代国家への道を歩んでいくその時代は、未曾有の不安な感情に押し殺されることなく、頑なに取り組んでいく“幕末の志士”が大きな功績をあげたのは皆さまも周知のことだと思います。
どうしてこんなにも恐れずに、そして、海とも山とも知れない諸外国からの侵略に立ち向かうことができたのか、その志・精神的なものというのは、状況は違えども今の時代に通ずるものがあるのではないかと。その中で、高杉晋作氏の言葉が的を射ていると思いました。
「おもしろきこともなき世をおもしろく」
( 面白くない世の中でも面白くいきようじゃないか by 高杉晋作 )
高杉晋作らしいといえばそうですが、どこか、この言葉に対する心の在り方が、あの動乱の幕末の志士を大きく動かしたようにしか思えません。
“今を生きる”というよりも、つまるところ、“せっかくなら、面白く今を生きてやろうじゃないか!!”。言葉の真意はどうであれば、この心意気が新しい時代へと突き動かしてくれたといっても過言ではないのかもしれません。
(2020年7月満月の夜に配信した月便りの内容を一部変更して転載しています)
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