花鳥風月~美しい自然の移り変わり~
豊かな地球の恵みを敏感に感じ、絶妙な香りの配合を表現してきた先人たちの繊細な感性により培われてきた日本の香文化。それは、自然との共生を大切にし、様々なものを調和させ、新しいものを生み出す日本人の美意識そのもの。そんな日本人の美意識をはぐくむ「日本の美しい自然の移り変わり」を、本コラムでお届けします。
24節季の「処暑」が過ぎてから、秋虫の音が響き、木々の葉も夕風に揺られなびいています。秋虫の声も泣き響きが心地よい反面、夏の終わりの寂しさがどことなく心をしめつけます。
ひぐらしの 声もいとなく 聞こゆるは
秋夕暮れに なればなりけり (紀貫之『後撰集』)
ひぐらしは『万葉集』には「日倉足」とか「日晩」と記されていたそうです。それは、秋の夕暮れに哀愁を帯びて鳴くひぐらしに”日が倉にはいってしまいますよ~”⇒「日倉し」「日暗し」「日暮れ」「日暮れですよ」という意味をおめ漢字に当てて書いたそうです。
そもそも、虫の音に季節を感じるのは日本人、日本の特有の文化であるといっても過言ではなく、ほかの国では虫の音は雑音に聞こえるそうです。 古の日本人はこうして虫の言葉にも耳を傾けるような自然との共生をしていたからそういう感性がついてきたのか、自然豊かな環境が自然観を育んだのか、どれが起因なのかはわかりませんが、ただ、現代の私たちはどこまでその感性を紡いでいるのか・・・気になるところでもあります。
それは虫の声を聞くという音に限らず、“土”や“風”の”匂い”さえも感じ取っていたのが昔の書物などの記録からもわかります。都会というコンクリートジャングルのなかで生活をしていると”自然”を感じることが稀有となりますが、古の日本人が培ってきた”感性”そしていきつくところ”精神性”というのは失いたくないと思うばかりです。
『神即自然』
17世紀のオランダの哲学者であるスピノザは「全自然は一つの個体である」といい、人間は自然の一部であるといっています。私たち日本人からすると当たり前のように感じると思いますが、これは当時大きな論争を呼び起こしました。そもそも、彼はユダヤ人であり、神が自然を支配するという考えをもつユダヤ教から排斥されました。 ユダヤ教に限らずキリスト教含め、西洋では「人間が自然を支配する」という考えがあります。そのため、森には悪魔がいる、という独特な捉え方をされ森を伐採してきた過去もあります。
一方で日本はどうでしょうか。八百万の神々といわれるように、太陽に限らず、木、石、水、すべての自然万物たるものに神が宿っていると敬い、祀り、そして、人間というのもこの自然のなかの一部であるととらえ、自然を支配するのではなく、自然と共に共生していく道を古来より続けてきたわけです。
このように”自然”への捉え方ひとつも180度違う背景には、風土の違いが根本的なところにあるのは切ってもきれない要因の一つでありましょう。 日本はこうして山々には林、森林などに樹木が繁茂しておりいますため、雨が多く、水が多いところから、植物や動物の生きる条件も非常に豊かであります。そこに、四季の移ろいも色濃くうつるこの風土に住めるというのはなんと理想郷であろうか・・・。
さて、今宵は長月の満月の夜。香を焚き、頭を休ませながら、自分がおかれている環境をもっと俯瞰的にみてみてはいかがでしょうか。
木を見て山を見ず
「一本の木に注目しているあまり、森全体を見ることを忘れてしまうこと。一本の木を見ていて、他の木を見ていないこと」という意味の諺がありますが、ついつい何かあるとその一点にばかり頭がいってしまったり、その面しか見えなくなってしまったりしますが、リラックスしてもう少しひきで物事をみたり、もっと俯瞰して全体をみてみると、まったく違うようにみえるようになったりします。
こうして豊かな自然に恵まれている国に住めていても、都会の中に埋もれた生活ばかりだとその価値さえも気づかず、せっかくの恩恵をもうけることができずに終わってしまいます。
『日本風景論』を書いた志賀重昴は、
「日本江山の洵美・・・・皓々たる造化、その大工の極を日本にあつむ。・・・日本風景の瀟洒(しょうしゃ)、美、跌宕なる」という文体で、日本の気候や海流、地質や生き物、景観を語り、自然の微妙な動き、うつろいをにこそ美しさがあり、それを鑑賞しようとうたっています。
夏から秋へうつりゆくこれからの季節は、そういう意味では様々な自然の姿を楽しめるときでもあります。”観察する”と大きく身構えなくても、意識をふとむけるだけでも、普段気が付かないものに気づいたり、そして、自然そのものの姿から学びえる何かに気づくことが多くあるのだと思います。
すてきな満月の夜をお過ごしください*
(2020年9月満月の夜に配信した月便りの内容を一部変更して転載しています)
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