花鳥風月~美しい自然の移り変わり~
豊かな地球の恵みを敏感に感じ、絶妙な香りの配合を表現してきた先人たちの繊細な感性により培われてきた日本の香文化。それは、自然との共生を大切にし、様々なものを調和させ、新しいものを生み出す日本人の美意識そのもの。そんな日本人の美意識をはぐくむ「日本の美しい自然の移り変わり」を、本コラムでお届けします。

待ちに待った桜の季節。毎年「今年こそは吉野の桜を見たい!」と意気込むものの、なかなかタイミングが合わずにいました。
しかし今年は「奥千本であればまだ間に合うかもしれない」と一縷の望みを託し、急いで吉野へと車を走らせました。

春の吉野は多くの人で賑わい、麓ではマイカー規制が敷かれます。下吉野に車を停め、山道を登り、バスに揺られてようやく奥吉野へ。

長い道のりの果てに、ちょうど花盛りを迎えた桜の姿を垣間見ることができ、嬉しさを噛み締めました。ただその反面、写真などでよく目にする「一目千本」と呼ばれる中千本周辺は、今年もタイミングが合わずすでに葉桜となっていました。

しかし、杉や檜の木立の間から勢いよく芽吹く新緑の鮮やかさは、花の儚い美しさとは異なる、圧倒的な「生命力の美」を放っていました。
蔵王権現への “祈り”
今でこそ、私たちは吉野を「お花見の名所」として楽しみます。しかし、この地に根付く歴史を紐解けば、吉野の桜は決して景観のためだけでなく、人々の深い「祈り」の象徴として植えられたものだったのです。

その云われは、修験道の祖である役行者(えんのぎょうじゃ)が蔵王権現(ざおうごんげん)の姿を山桜の木に彫ったことにあります。そこから、蔵王権現が祀られている金峯山寺本堂から見えるこの山肌に、参拝に訪れた人びとが祈りと感謝を込めて桜を植え続けてきたといわれ、長い年月と人々の想いが重なり、吉野を代表する今の景観が作られました。
盛大な花見の宴
しかし時代が下ると、祈りの象徴であった桜は、別の顔を見せます。その美しさに酔いしれるかのように、この吉野の地で盛大な花見の宴が開かれた歴史もあります。

その宴の主こそ、あの豊臣秀吉です。文禄3年(1594年)、天下統一を果たした秀吉は、徳川家康や伊達政宗ら名だたる武将をはじめ、約5000人もの人々を引き連れて数日間にわたる大掛かりな「吉野の花見」を開催しました。

これほどまでに祈りが込められた神聖な場所で、派手好きの秀吉は歴史や信仰などお構いなしに騒いでいたのだろうか……。実のところ、これまでそんな偏見を持っていました。

しかし、吉野を訪れるたびに足を運ぶ「吉水神社」で、ふとある説明書きが初めて心に留まりました。

そこには、「秀吉が南朝を偲んで吉水院を本陣とし、歌の会、茶の会、御能の会などを開いた」「この部屋は秀吉の寄贈により修繕された」という旨が記されていたのです。
「南朝を偲んで」「寄贈」。
その言葉に触れたとき、豪華絢爛な桜の宴は、単に己の権威を誇示するためだけのものだったのかと疑問が湧きました。

ちょうど奈良国立博物館で開催されていた特別展「神仏の山 吉野・大峯」でも、秀吉がこの宴で使ったとされる品々を観る機会に恵まれました。
わざわざ作らせたという花瓶や吉野漆器。そして宴で催された能、お茶、歌の会。それらに触れるうち、私が勝手に抱いていた「華美で表層的な人物」という秀吉像が崩れ、彼の中にある繊細な精神性や、南朝の後醍醐天皇への敬意、ひいてはこの地への深い祈りが重なっていたのではないかと思えてならなくなったのです。

そう思うと、彼がこの地で花見をした真意には、表向きの「宴」の裏に、吉野への畏敬や天下を統一したからこそあらためて平安への祈りが込められていたのではないかと感じたのです。
そんな思いを巡らせながら、吉野を後にして天川へと向かいました。
現世と異界が交差する「幽玄」の世界

天川に着くと、能に縁深い天河神社で、観世流による「杜若(かきつばた)」という演目が奉納されており、久々に鑑賞する機会に恵まれました。

天川の地にも縁が深い在原業平と、杜若の精霊との掛け合いを描いた作品です。
能は生者と死者、現世と異界が交差する「幽玄」の芸術。その奥深い世界に見入りながら、ふと、この能という芸術に深くのめり込んでいた秀吉の姿が頭をよぎりました。また自分自身もまた、もはや歴史上人物である異界にいる秀吉と通じ合いたいとばかりに、彼の真の素顔は一体どこにあったのだろうか・・・そんな深い思索に浸っていると、型破りな「桜の宴」を開いたもう一人の歴史上の人物が脳裏に浮かびました。
婆娑羅大名
室町時代の婆娑羅(ばさら)大名・佐々木道誉(どうよ)です。

道誉は、幕府の権威や公家の作法をあざ笑うかのように、大原野で前代未聞の盛大な花見を開きました。巨大な真鍮の花瓶に一丈(約3メートル)もの桜の枝を立て、名香を焚き、茶や連歌の会を催したといわれます。とかく、印象的なのは、ひと抱えもある香木を一度に焚き上げ、その素晴らしい香りが風に乗って辺り一面に立ち込め、あたかも芳香ただよう極楽浄土(浮香世界)にいるようであった、と太平記に記されてます。
あの時代でさえ高価で貴重なものであった香木を一度に焚き上げるなんて・・・と、その断片的な部分のみで勝手ながら「なんて無謀で自由奔放の人なんだ」と。

彼に対しても秀吉と同じように、単なる破天荒で派手な人物といわんばかりにその一面だけで「だから婆娑羅大名は・・」と言わんばかりに軽々しくもあまり良くない印象を抱いていました。
しかし、秀吉の奥深い一面に触れた今、あらためて道誉の歴史を読み直してみると、見え方が大きく変わりました。彼は大きな変革の時代のなか、幕府に対して強い忠誠心を持って働いていただけでなく、お香に限らず、立花、連歌など、極めて高い教養を持つ文化人でもありました。
時代を打ち破る「真の自由」の精神
秀吉と道誉。歴史上「婆娑羅」として名を残しているのは室町時代の道誉ですが、常識を打ち破り、ド派手な振る舞いで新たな時代を創り上げた秀吉の姿にも、道誉に通じる強烈なエネルギーを感じます。道誉が火をつけた「婆娑羅」の精神は、戦乱の世に「傾く(かぶく)」文化となって受け継がれ、秀吉の中にも脈々と息づいていたのではないでしょうか。

時代は違えど、二人に共通しているのは、既存の権威や常識にとらわれない振る舞いの体現者だということです。しかし、彼らの根底にあったものは、単なる乱暴狼藉や奇をてらっただけの振る舞いではなく、古い枠組みを打ち破り、己の美学を貫く「精神の自由」でした。

それは、ひとつとして今回の花見の宴を例にしても、時代が違えどもこう受け継がれている彼らの花見は、表向きは、目を奪うほど豪華絢爛な花の宴。しかしその裏で、彼らは心の中にある真の目的や切実な思いをひた隠しながらも、その内に秘めた強い思いを解き放ち、昇華させるかのように、己の「美学」として精神の「自由」が結果として、こうして歴史に語り継がれる豪華絢爛な宴を表現したのではないでしょうか。
「自由」の本来の意味とは
こうしてあらためて「自由」という言葉を目にすると、現代の私たちは「何にも縛られずに好きに振る舞えること」と捉えがちです。しかし、時代を遡り、彼らの時代の精神性に照らし合わせてみると、全く異なった見解が見えてきます。仏教哲学者である鈴木大拙氏は、その著書の中でこう述べています。
「元来自由という文字は東洋思想の特産物で西洋的考へ方にはないのである。(中略)西洋のリバティやフリーダムには、消極性をもつた束縛または牽制から解放せられるの義だけである。(中略)自由はその字のごとく、『自』が主になつてゐる。抑圧も牽制もなにもない、『自ら』または『自ら』出てくるので、他から手の出しやうのないとの義である。」

鈴木大拙氏は、これを「松は松として、竹は竹として、各々がその分に住すること。拘束のないところで自分が主人となって働くこと」と説きました。
自らに由(よ)る
実は「自由」とは、本来仏教の言葉です。サンスクリット語の「svayam(スヴァヤン)」を訳したもので、その意味はまさに字のごとく「自らに由(よ)る」。

誰かと比べるのではなく、自分自身の力で立つこと。他に依存せず、何かに支配されることなく、内側から湧き出る意思で生きるという在り方を意味しています。

この「自由」の真意を理解したとき、あらためて腑に落ちました。「婆娑羅」と呼ばれた佐々木道誉も、天下人となった豊臣秀吉も、あの激動の時代において、ただ好き勝手に暴れていたのではありません。彼らは、世間の目や古い権威に支配されることなく、己の「自らに由る」内なる意思に従って、命を燃やすように生きたのです。それこそが、彼らが体現した真の「自由」だったのではないでしょうか。
新月の夜、「自らに由る」己と出会う
ひるがえって、現代を生きる私たちはどうでしょうか。 物質的には豊かになり、何でも選べる「自由」があるように思えます。しかしその実、世間の目やあふれる情報、見えない同調圧力といった「外側のもの」に振り回され、自分自身を見失ってはいないでしょうか。

今宵は、卯月の新月です。 月明かりのない漆黒の夜は、外の世界からの刺激を一旦遮断し、自分自身の内側——つまり「自ら」に立ち返る、ゼロのタイミングでもあります。
部屋の明かりを少し落とし、静かに一本の香を焚いてみてください。 立ち上る煙のゆらぎを見つめながら、日常の喧騒や、自分を縛り付けている外側のしがらみをそっと手放していく。Juttoku.の香りがもたらす深い静寂の中で、己の心と真っ直ぐに向き合ったとき、あなたの中にある「自らに由る」力強い意思が、きっと熱く目を覚ますはずです。

松は松として、竹は竹として。 誰のためでもない、あなた自身の「真の自由」を生きるために。どうか今宵は、心地よくも力強い幽玄のひとときをお過ごしください。






