長谷寺にて弁天様に

Juttoku.便り
心に深い安らぎを与えてくれる「美しいカオリ」を、自然と調和する「美しいくらし」に、をコンセプトにもつJuttoku.。四季の美しい日本にいながら、自然と調和する暮らしのなかで、日々様々な出逢いや学びに恵まれます。それは、自然の時間の中に自分を置くことで感じることや、自然をつうじて学ぶ日本の美意識、そして旅先などで見聞することなど。本コラムでは、Juttoku.の折々の暮らしをお届けします。

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弁天様にご縁を感じ

Juttoku.は「弁天様」にとてもご縁があり、また特に信望しております。それは、奈良県天川村の天河大弁財天社でのご縁もありますが、水の神様であられる弁天様をつうじ、日本の精神・文化にも紐づき学ぶことが多々あるからです。
(余談ですが、現在の神楽坂の店舗も「弁天町」という地名であり、近隣に弁天様を祭られているお堂があったりするのも実はお店を構えるきっかけになった一つでもあります。)

今まで全国津々浦々様々な地に行って神社や仏閣にお参りに行ってまいりました。そのお話しをお客様にお話ししたらぜひいろいろと情報を教えてほしいというお声もあったので、こちらのWEB上でもご案内させていただければと思います。

 

長谷寺にて弁天様に

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鎌倉の紫陽花の名所でもある「長谷寺」。過日のブログでもご案内しましたが、境内一面には紫陽花がきれいに咲き誇っており、とても美しいところでした。

 

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この長谷寺の境内には「十一面観音菩薩」をはじめ、「阿弥陀如来」、そして観音山には「千手観音」が祀られています。

しかし、境内を入りすぐ右手に行くと、「弁天堂」と「弁天窟」があります。

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弁天窟

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弁天堂を過ぎると、赤い鳥居が見え、洞窟の中へと誘われます。うろたえることなくそこに入り込まれてしまう不思議な空間です。

 

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鳥居をくぐり、洞窟の中に入ると少しひんやりとしており、薄暗いなかにも蝋燭や少しの灯りで燈された静寂な空間。

洞窟の壁面には弁天様をはじめ、弁天様に眷属(けんぞく:従事する)十六童子が彫られています。

善財童子(ぜんざい):十五童子を司る神
計升童子(けいしょう):経理・経営の神
衣裳童子(いしょう):着衣に不自由しない神
蠶養童子(さんよう):蚕・繭の神、衣服の神
筆硯童子(ひっけん):学問成就の神
酒泉童子(しゅせん):酒の神
牛馬童子(ぎゅうば):動物愛護の神
稲籾童子(とうちゅう):五穀豊穣の神
飯櫃童子(はんき):食物授与の神
金財童子(こんざい):金銀財宝・商売繁盛の神
船車童子(せんしゃ):交通安全の神
印鑰童子(いんやく):悟りと解脱へ導く神
官帯童子(かんたい):法を守る神
従者童子(じゅうしゃ):経営の神
愛慶童子(あいきょう):愛情・恋愛成就の神
生命童子(しょうみょう):長寿の神

洞窟の中に一つ一つ丹念に彫られた童子様のその姿からは、魂と申していいのか命と申していいのか・・・とにかく自然と手を拝みたくなる空間です。

そして、この洞窟内にはなんと「宇賀神様」も祀られています。
弁天様の頭部にいらっしゃるともいわれ、「人頭蛇身」でもある宇賀神様。雨を降らし穀物を育て水と富にご利益のある神で弁財天と一体となった神様であられます。
弁天様を祀られているなかでも、宇賀神様も祀られているところはなかなかないため、大変貴重です。

 

真摯な祈りが届く静謐な空間

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洞窟内一番奥に鎮座されていらっしゃるのが、弁天様。
静謐な空間の中に、じっと佇まれているそのお姿を間近で感じ取ることができます。

そもそも、この洞窟は弘法大師空海が参籠(さんろう)した地と言われています。つまり、この地である期間籠り、祈りを捧げていた場所であります。

弘法大師は、この地にまで来ていたのかと思うと感慨深く、またどのような祈りをこの地で捧げていたのか・・・・思いをはせるばかりでありますが、しばしこの空間にいるだけでも何か心が平安になります。

 

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洞窟内には、木彫りされた弁天様がおかれており、思い思いの願いや祈りをこの弁天様に書き奉納されています。

 

 

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長谷寺は「観音堂」をはじめ阿弥陀如来様が祀られている「阿弥陀堂」など大きなお堂に注目されがちでありますが、ぜひ「弁天窟」のほうまで足も運ばれてみてはいかがでしょうか。

 


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長谷寺

住所:神奈川県鎌倉市長谷 3-11-2
アクセス:江ノ電「長谷駅」より徒歩5分
ウェブサイト:http://www.hasedera.jp/

 


 

 

天河大弁財天社で自分に還る

Juttoku.便り
心に深い安らぎを与えてくれる「美しいカオリ」を、自然と調和する「美しいくらし」に、をコンセプトにもつJuttoku.。
四 季の美しい日本にいながら、自然と調和する暮らしのなかで、日々様々な出逢いや学びに恵まれます。それは、自然の時間の中に自分を置くことで感じること や、自然をつうじて学ぶ日本の美意識、そして旅先などで見聞することなど。本コラムでは、Juttoku.の折々の暮らしをお届けします。

天川

神々が降りたつ神聖な領域

Juttoku.のアロマオイルを生産している場所、そこは奈良県にある天川村。 当ブログを御覧いただいている方々はよくこの天川村を目にしていただいているかと思います。

日本には47都道府県あり数々の市町村が在りますが、 この「天川村」についてはご存知の方はなかなかいらっしゃらず・・・、店舗等でご紹介しても「初めて聞いた!どこそこ?!」という反応が9割強でおります。そのため、「天川知っています」「天川に行ったことがあります!」というお客様がいらっしゃると、互いにとても喜び天川村トークではしゃいでしまうほど。

実はあまりにも特別で神聖な場所ということもあり、うかつに表面的な情報のみでご紹介することはできないと勝手に思い込み・・・・きちんとご紹介できずにおりましたが、自分たちの中でようやく腹に据えることができたので、言葉足らずかもしれませんがご紹介させていただきます。

 

多くの人の祈りを集めた聖地

奈良県吉野郡天川村。そこは、地図でみるとちょうど紀伊半島の中央部にあります。「吉野」「熊野」「高野」というヤマト三大霊場を結んだ三角形の中心部に位置しており、周りを近畿最高峰八経ヶ岳(1,915m)をはじめとした標高1,000〜2,000mの「近畿の屋根」といわれる大峰山系の山々に囲まれた村です。

 

鬱蒼とした原生林に覆われた山々は神仏の宿る場所として古くから信仰を集めており、山岳信仰・修験道の修行の場として、今でも修験道の修行の場として多くの人の祈りを集めておりまさに聖地として大切に守られてきた場所です。

 

 

 

秘境の地

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「近畿の屋根」といわれる大峰山系の山々に囲まれたところにある天川村は、行くのも修行のようにも感じる遠い道のりです。

 

東京からは、まず京都に。そこから、近鉄線に乗ります。近鉄線の電車に揺られること約40分~50分、ようやく「下市口駅」に到着します。そこから、一日に数本しか走っていないバスに乗ります。バスに揺られながら、うっそうと木々の生い茂る山間を右に左に縫うように上がること、約1時間弱。ようやく天川村に到着します。

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降りたつと、そこはまるで別世界。山々に囲まれた、静寂で気が満ちた世界がひろがり、そこはまさに“秘境”の地です。

 

 

 

 

聖地として人々をひきつける場所

天河大弁財天社

この天川村において欠かせない場所は,標高1895Mの主峰である霊場「弥山」の麗にある「天河大弁財天社」です。弁財天様、熊野坐大神、吉野坐大神を祀っています。

ここは日本の歴史書には大きく名がでずとも、日本の長い歴史を紐とくなかでとても縁のある場所です。

 

ヒノモトという言霊を天から与えられた場所

天河大弁財天社

私たちがこうして平らかに健やかに過ごすことができているここ日本。この“日本”という国名はこの地で天から与えられたという伝説があります。

それは、ときの天皇、神武天皇がこの天河神社で“ヒノモト”という言霊を賜ったという伝説であり、社殿の下には今でも人踏禁制とされている磐座が鎮座されており、そこで神武天皇が祈られたといわれています。

 

また、その後、壬申の乱での戦勝祈願の功に対する感謝の印として、天武天皇によって壮麗な社殿を建てたのが最初であると伝えられています。

 

 

弘法大師空海も修行をした場所

後に様々な偉大な僧たちも、天河という聖なる場の神秘によって引きつけられていきます。

 

修験道の祖である役行者(えんのぎょうじゃ)は、霊山である大峯山に75靡の道場を開き、平安時代(9世紀はじめ)には、空海(弘法大師)が天河神社を拠点として修業を行ったといわれています。

約3年の修行後、空海は言わずと知れた高野山金剛寺にて開山、真言宗を築くに至りました。

 

 

 

天河弁財天社

その他にも、南北朝時代には足利尊氏に強引に幽閉されたときの天皇、後醍醐天皇は吉野の山に逃れて対立していましたが、後を受け継いだ後村上天皇は、皇族にとって不遇な時にここ天河神社を拠点に過ごしたといわれており、皇族とも縁のある地。

 

また、天河神社の弁才天さまは芸能の神としても名高く、天河神社の宝物殿には、能面や能装束など多数現存されています。 それは、世阿弥が6代将軍足利義教に迫害されたのち、嫡男の十郎元雅が所願成就を願い、世阿弥が使ったといわれる「阿古父尉(おこふじょう)」の面を寄進したといわれています。

 

 

 

縁がある人しか行けない

天河大弁財天社

このように、天河神社は様々な古の時代より“聖なる地”という神秘により人々を引きつけながら、1300年以上にもさかのぼる壮大な歴史を綴ってきました。

 

しかし、一方で“天川には縁がある人しか行けない”とも言われています。言うなれば,縁のない人は行きたくてもいけないということ。  予定をたてていても、仕事が急に入ったり体調不良になってしまったり・・・理由は様々。 それは、まだ天川に行くべきタイミングではないという啓示なのだともいわれます。

はたしてそれが本当かまやかしか、信じるのはその方次第ですが、それだけこの地が“神々と宇宙に一番近く神聖な場所”でもあるというのは、この地に訪れたら感じるはずです。

 

 

 

真の自分に還る

天河神社

競争社会、物質主義社会、情報化社会といわれる現代の社会生活。その中にいると表面的なことばかりに気にとられてしまったり、時間に追われるばかりの忙しなさで、悪い想念やストレスがたまるばかりで心のゆとりがなくなり、心身ともに疲弊をしてしまい自分を見失ってしまうことも。

しかし、自然に囲まれた静まりかえった天川村の中にいると、自然、宇宙が奏でる呼吸に情調できるので、だんだんと心が洗われ、体も軽くなり、真の自分に戻れます。

それは、海抜1000M級の山々に囲まれ、谷間の集落部は約800Mにある天川村一帯が、人間が胎内にいる時の気にほぼ等しく、陰の気と陽の気が合体しやすい高度にあるということ。また、弥山の麓にある天河神社が大峯山系の山々の中で、胎児の世界である「胎蔵界」と人間世界に生まれてから死ぬまでを表す「金剛界(こんごうかい)」のちょうど間、つまり、人生の原点でもある“生命の誕生”の地に建立されているから。

この地のエネルギーもあるからこそ、真の自分に還れるのかもしれません。

 

 

日本人の精神の源に立ち還る

 

天河大弁財天社

長い歴史を様々な面々で綴ってきた天川村。もし今『行きたい!』という心の鼓動を感じたら、ぜひ早速訪れてみてください。

 

 

天川村

天川村は、娯楽を楽しむような観光地的な場所ではなく、“心の目”で感じ安らぐ場所のような感じがします。

目に見えるものしか信じなくなり、自然への畏敬の精神さえ見失ってきていまっている社会風潮のなか、この地に訪れると、“心”で感じる楽しさ、自然とのふれあいという、本来の日本人が大切にしていた精神の源に立ち還ることができると思います。

 

 

みたらい渓谷

天川村には、天河大弁財天社のほかにも、洞川や、みたらい渓谷など、ほかにも魅力ある場所があります。

 

この地にご縁をいただいているJuttoku.として、様々な方々にこの地にも訪れていただきたい・・そういう想いもあり、これからも天川村の魅力をお届けしてまいます。

 

 


奈良県吉野郡天川村

天河大弁財天社
住所:吉野郡天川村坪内107


 

 

 

 

 

 

 

 

 

※当ブログ内における文章、及び画像の無断転載を禁止します。

 

 

鮮やかな紅葉の季節に心よせて

花鳥風月~美しい自然の移り変わり~ 豊かな地球の恵みを敏感に感じ、絶妙な香りの配合を表現してきた先人たちの繊細な感性により培われてきた日本の香文化。それは、自然との共生を大切にし、様々なものを調和させ、新しいものを生み出す日本人の美意識そのもの。そんな日本人の美意識をはぐくむ「日本の美しい自然の移り変わり」を、本コラムでお届けします。

紅葉_みたらい渓谷

鮮やかな紅葉の季節に心よせて

秋も一段と深まり、鮮やかな紅葉を楽しむ季節になりました。 11月初旬、奈良県天川村にある「みたらい渓谷」に、紅葉を観に行ってきました。

自然の一大傑作みたらい渓谷1

奈良県天川村は紀伊半島中部に位置しており、標高1,000〜2,000mの大峰山系の山々に囲まれ、441m~820mの標高が谷間の集落部にあります。 東京はまだほんのり色づいているかついていないかぐらいでしたが、みたらい渓谷は標高が高いこともありここはもう色鮮やかに色づいていてとてもきれいでした。

みたらい渓谷2

このみたらい渓谷は、大峯山より流れ出る山上川が川迫川に合流する場所にでき、特に狭まった山の裾の大岩壁を大小の滝が流れ落ちる“自然の一大傑作”が堪能できます。

 

祈願のための清めの場、美しき聖き清流

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「みたらい渓谷」では、きれいに輝く透き通った川が静かに山々から流れおちてきます。

紀伊半島の屋根といわれる霊山でもある大峯山の山々をはじまりとする源流域で、古くより、天川村一帯は、水を生む神聖な場所として、また神々様がおわされる神聖な場所として宗められてきました。

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天川村は南北朝時代に南朝のときの朝廷が仮の御所をかまえるなど様々な縁がある場所でもありますが、特にここ「みたらい渓谷」は、時の南朝帝が戦勝祈願のためお手を清められた場所として、「みたらい(御手洗)」と名がついたといわれています。

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清流が静かに流れる大自然の中に身をおくと、心も自然と清らかになっていきます。

 

枯れる葉に美しさを感じる心

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そんな清らかな空間の中で、紅葉を愛でるのもとても艶やかな気持ちになります。

 

 

 

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西風が吹くと夏の暑さを祓うかのように秋が訪れ、初秋の涼気を運ぶさわやかな風の立つ季節を「西風送暑の候」といいますが、

 

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西風が運んできてくれる秋はなんとも雅な美しさとどこなくはかない哀愁の美しさをも感じます。

 

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季節の移り変わりのなかで、春から夏にかけては青々とした葉が生き生きとしていたのが、秋になり次の命の準備をするかのように葉が色づき枯れ落ちていく。

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肌寒さを感じる季節の中で、紅や黄に色づく紅葉をみると心が温かくなるようも感じますが、目にしているこの紅葉は枯れゆく葉を愛でているのだとおもうと・・・、自然の刹那の流れのなかで無心の心を体現してくれているかのようにも感じます。

 

枯れ落ちた葉、根を張る木

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夏までは生き生きと生い茂っていた木々も、秋になると葉を色づかせながら変容していく姿に、人間の生き様、人間の成長の過程が照らし合うかのようにも。

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春は芽がめぶき、そしてたくさんの日差しや雨の恵みを吸収しながら大きく成長していく。それは時として、表面にうつるものばかりを意識してしまいますが、真なる成長は心の中に。

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たくさんの学びをえながら吸収したものは十分に自分のエネルギーとなり自信につながったりしますが、同時に鬱蒼とした思いや心の中にゴミや煩悩が溜まってしまいます。

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心に溜まった無駄なものを掃きはらうかのように、今まで外へ外へと向けていた意識を内に内にとむける。それは、まるで木々が表にでなくてもしっかりと支えている根を、より深く強く地に張っていくかのよう。

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すると、いつまでも物事に執着することはないということ、不必要に悩むこともない、自然の流れに身を任せばいいのだ、ということを感じ取るのではないでしょうか。

そして、枯れ落ちた葉は土に還りそして栄養となり次の春の命へと。そして、内に内にと意識をむけることで、今までみえていなかったことが見えてきたり。

 

秋を司る竜田姫

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西風にのって訪れ、秋を司る竜田姫。

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秋のお姫様は、紅葉がみせてくれているように、夏までに外へ外へと成長していききれいに色づいた自分を、今度は内に意識を向けて振り返りながら地に張る成長へとしていくのですよ~、と説いてくれてるかのようにも、雄大な自然が満喫できるみたらい渓谷を散策しながら感じました。

 

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進みゆく先の未来は、まるでトンネルをくぐっていくかのようにも。

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長く深い暗闇のトンネルでも必ず出口はあり、そこにひろがる世界はそこに立たなければわからない未知なる世界!!

この秋は、自然がみせてくれてるように自分自身を振り返りながらも、移り変わりの激しい世の中でありながらも、自分にとって“今”という時間を大切に、そして自分にとって何が大事で、どう生きていきたいか・・・、そんな大地に根をはるかのように過ごしてみるのもいいかもしれませんね。
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この先のある未来へ・・・!

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来年のこの時期も、また美しく彩る木々のように・・・皆さまにとっても多幸溢れる未来がありますように。。。。。

 

皆さまも素敵なこの紅葉の季節をお楽しみください。

 


みたらい渓谷1 みたいらい渓谷

住所:奈良県吉野郡 天川村北角

 

 


 

自然の知恵、自然のエネルギー

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心に深い安らぎを与えてくれる「美しいカオリ」を、自然と調和する「美しいくらし」に、をコンセプトにもつJuttoku.。
四 季の美しい日本にいながら、自然と調和する暮らしのなかで、日々様々な出逢いや学びに恵まれます。それは、自然の時間の中に自分を置くことで感じること や、自然をつうじて学ぶ日本の美意識、そして旅先などで見聞することなど。本コラムでは、Juttoku.の折々の暮らしをお届けします。

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心の静養のひととき

奈良県天川村にきています。ここ、奈良県天川村は紀伊半島中部に位置しており、標高1,000〜2,000mの大峰山系の山々に囲まれ、441m~820mの標高が谷間の集落部はあります。そのため、今回もある程度厚着で着込んできたものの、寒さが身に染みいります。

でも、村の人たちに伺うと冬の天川村の魅力は「この寒さ」だと仰っていました。
空気がより澄んでとても気持ちがいい!と。そして、澄んだ夜空に浮かび上がる
星空もこれもまた格別・・・。

喧騒とした都会から離れて、ここにいると身も心も解き放たれ贅沢な静養のひとときです。

 

自然の変化、自然の動き

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天川村に来ると時間を見つけては、ハーブ畑のお手伝いをさせていただいています。

 

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写真ではきちんと撮ることができなかったのですが、この日は朝霜がみれました。村の人達同士の朝の挨拶には「今朝は霜が降ったなぁ~」というやり取りが聞こえ、こうして互いに自然の変化に感じあえるのはなんとも羨ましくも感じます。

 

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奇しくも、先日は暦のうえで『霜降(そうこう)』にはいり、 昨日は七十二候では霜が降り始める頃という『霜始降(しもはじめてふる)』。 自然の変化に同調している、いや、むしろこれが自然の変化であるということを学べた瞬間でした。

 

冬はつとめて。
雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、
またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、
炭持て渡るも、いとつきづきし。

これは、紫式部がかいた「枕草子」のなかの一節。冬の朝は、寒さに根負けしそうでなかなか朝早く起きるのも辛いときがありますが、紫式部がうたうように早朝を楽しむ心もちになりたいものですね。

 

 

採れたての新鮮な香り

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寒さが厳しくなりつつも・・・こうしてローズマリーも青々と元気に葉をのばしています。

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葉からフレッシュないい香り・・・!!

DSC_0071オレンジミントも、葉はこの寒さなのにみずみずしく、温かみも感じる爽やかな香りをはなっています。

厳しい寒さにもまけず、こうして生き生きと生い茂っているハーブから強い生命力を感じます。

 

自然の知恵のあれこれ

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これはいったいなんだと思いますか?

 

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正解は、檜の木くず、オガクズです。

檜には防虫効果、殺菌作用があるため、土の上にひくことで、虫の繁殖もおさえますし、雑草が生えるのを防ぎます。

オガクズをまくエリアは、主に畑の通路になる部分のみ。こうして毎年秋のこの時期にあらかじめ檜のオガクズをまいておくと、冬をこしたときには自然と土の中にもどっていきます。

DSC_0087一方で、ハーブの根の部分には干した藁をしきます。

これはこれからの冬の寒さを乗り越えるため。藁をしくことにより、土の保温効果があり、また雪からもハーブを守ります。

自然にあるものを活かす。先人の知恵。自然には無駄なものはありませんね。

 

DSC_0073小一時間の雑草とりの作業でしたが、これだけの雑草がとれました。

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 こんなに小さな芽でも、根はものすごく深くて長い・・!雑草の生命力、力強さに感服しつつ・・・、雑草を抜き終わった後の爽快感はなんともいえぬほどの清々しい気分になります。

 

自然の大地のエネルギーをもらう

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畑作業のあとは、お楽しみのとれたてのハーブを美味しいお水を沸騰させたお湯を注いでいただきます。

このハーブティーがどれほど美味しいことか・・・・。

この大地で育ったハーブを天川のおいしいお水でいただくのですから味はいうまでもなく、格別に美味しいです。 苦味は全くなく、爽やかな香りがひきたちながらも、味は甘みと爽やかさのハーモニーが口の中でひろがり、胃のなかにすぅ~とはいり体の芯から温まります。

飲んだ後はしばしの間、外の景色を見ながらボーッとしたくなります。五感で楽しむハーブをいただくこの時間は、至福のひととき。

 

四季おりおりの中、厳しい寒さや暑さを乗り越えてはつらつと生きているハーブからは、自然の大地の力強いエネルギーを感じます。

 

そして、無農薬で自然に生育しているハーブから放つ爽やかな香りは心に感動を与えてくれます。

数年前にいろいろと精神的に辛いときが続いたとき、淡路島の職人の方からも職人が手塩に育てているハーブをいくつもいただいたことを思い出します。その香りでどれだけ救われたことか・・。とれたての新鮮の香りを体感できるハーブ。お香の雅な香りとはまた違う側面をもつ香りで癒されます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実りの秋

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四季の美しい日本にいながら、自然と調和する暮らしのなかで、日々様々な出逢いや学びに恵まれます。それは、自然の時間の中に自分を置くことで感じることや、自然をつうじて学ぶ日本の美意識、そして旅先などで見聞することなど。本コラムでは、Juttoku.の折々の暮らしをお届けします。

稲穂

待ちに待った実りの収穫の時期

先週の訪問から一週間が経ち、また奈良県天川村へ。

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今回は、今年の5月に早乙女として御田祭に参加させていただき田植えした稲穂を収穫しに、抜穂祭に参加してきました。秋晴れの清々しい天気に恵まれ、絶好の収穫日でした。

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 日本では古くよりお米が主食であり、また江戸時代まではお米を年貢として納めていたほど、日本の暮らしの中では米づくりは不可欠でした。

現代は農耕技術も発展し安定した米作りが可能となってきておりますが、昔は稲作も重労働であり、人知では計り知れないほど自然の影響を大いに受ける米づくりはまさに神へすがる思いであったでしょう。

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田植えして収穫するというのはこれで3回目になりますが、今年は夏に大雨に見舞われ、村の一部も土砂崩れに見舞われ一部の村の方が避難を余儀なくされるほどでした。また、8月後半からは曇り空が続いたり日照時間も少なく、天気予報をみては「稲は大丈夫かなぁ」と思い煩うことも。

しかし、こうして稲穂も色づき収穫をむかえることができるのはなんともいえない喜ばしさを感じます。 今でさえ無類の喜びを感じるのですから、昔の人々は湧き上がる喜びに包まれていたでしょうし、何よりも、神々への感謝の気持ちもひとしおだったことと思います。

 

収穫を祝い、神に供える

天川大弁才天社での抜穂祭は、まずは本殿で収穫を迎えることができることへの感謝の祈りと神々へお伝えしたのち、神田に移り、再度神田(しんでん)の前で祈りと感謝の祝詞をあげます。

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そして、作長(さくちょう)さんにより、神殿に奉納する稲穂を刈り取ります。

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 きれいに実りがついた稲穂を刈り取ったのち、

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神官が受け取り、

DSC_1071神殿へと奉納されます。

 稲穂4そして、いよいよ刈り取ります。 もちろん、機械ではなく鎌(かま)での作業。

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腰をかがめて鎌で刈り取る作業は、見た目以上に重労働です。今年で3回目といえども、まだまだ初心者な私の刈り取るスピードは、ベテランの村のおばちゃん達には勝ることは到底できず。

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刈り取りが終わると、今度は稲穂を束にしていきます。

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去年刈り取った際の藁をひもにみたて、手いっぱいに掴んだ稲穂を束に。

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この作業は単純なようで、ちょっと難しいです。不器用な私には、なかなかうまく束ねることができず。

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こうして、藁でギュっと束ねられた稲穂は、次の作業へ。

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刈り取られた後の田んぼに建てられた竿に、先ほどの稲穂を掛けていきます。

DSC_1077これは、「掛け干し」といわれ、地方によっては稲木、稲架とも呼ばれるそうです。

DSC_1093刈り取った稲穂を掛けて天日干しさせ、自然乾燥していきます。

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穂を下にしてゆっくり乾燥。

DSC_1102逆さにして干す事により、稲の栄養や甘みが穂先の米粒に集中していき、旨みが増していきます。

 

 

米、食べ物をいただくことへの感謝の気持ち

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 こうして数時間の刈り取り作業が終わると、黄金に輝いていた神田がどことなく心寂しくも感じます。

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 しかし、傍らにはこれだけの多くの稲穂を収穫することができました。

 DSC_1091収穫作業後の直会の食事は、腹ペコの胃袋を満たしてくれるほどおいしく。ついつい、何杯もおかわりをしてしまいます。

そして、何よりも普段当たり前のように食べているお米ひとつにしても、自分たちの手で育てていくとより”ありがたさ”を感じ、『いただきます』という言葉に秘められた感謝の念抜きに口に運ぶことはできません。

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古の時代より、日本人の食生活を支えてきたお米。 時代が移り変わり技術が発達した現代でも、人知では計り知れないほどの自然の影響を受け、自然の恵み、そしてそれを丹念に育てあげてくれる農家の方がいて私たちは食べることができます。

実りの秋をむかえ、「飽食」の時代といわれる今、あらためて「感謝」の気持ちに立ち返り、心こめて「いただきます」といい食していきたいものですね。

 

 

 

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