Juttoku.便り
心に深い安らぎを与えてくれる「美しいカオリ」を、自然と調和する「美しいくらし」に、をコンセプトにもつJuttoku.。
四季の美しい日本にいながら、自然と調和する暮らしのなかで、日々様々な出逢いや学びに恵まれます。それは、自然の時間の中に自分を置くことで感じることや、自然をつうじて学ぶ日本の美意識、そして旅先などで見聞することなど。本コラムでは、Juttoku.の折々の暮らしをお届けします。
自然の叡智を学びに
石上神宮を後にし、向かうはJuttoku.のアロマを作っていただいている天川村。
道中、吉野にも立ち寄りました。Juttoku.のアロマオイルは、吉野檜の間伐材から精油を抽出しております。山々に生い茂る吉野檜を仰ぎみながら、大地にしっかりと根を張り大きく枝葉を伸ばしています。手入れが行き届き質がよく檜の中でも吉野檜は高級材といわれていますが、どっしりとそびえながらも、風が吹くとなびく枝葉をみると、まるでちっぽけな自分にゆらぎ、静かに寄り添ってくれるかのようなそんな安心感と神意をも感じさせてくれます。
途中、第96代後醍醐天皇を祭神とする吉野神宮には初めて立ち寄り、吉野の地、そして自然への感謝を祈り伝え参拝してきました。
自然に立ち返ることができる場所
今回は道中いろいろと立ち寄ってしまいましたが、ようやくたどり着いた約2か月ぶりの天川につくと、長い旅路の疲れを忘れてしまうほど。
村の人たちに会い「お~お帰り~!」という言葉で迎えいれてくれると、心の底からの安らぎに浸ってしまいます。
8月末に創業7年目を無事に迎えることができた御礼とご報告に、天河大弁才天社に。
この土地にご縁をいただくことになってから早3年強・・。ここに来るたびに心が洗われ、喧騒とした都会から離れ静かな空間の中で己と向き合うことができ、自然の中に生かされているという道理もようやく腹に落ちるようになってきました。
お香を作ってもらっている淡路島の職人も、天川でアロマを調合してもっている調香師も、「自然の香りそのもの、素材の香りそのものがどれだけ尊いか」といつも言っております。固体、液体、表現はそれぞれ違えども、そこに共通するものは自然であり、敬う想いがあるからこそ、製法ひとつひとつにも思いがこめられ、それが結果としてのこだわりになるのだと思いました。
自然から産出される天然の香原料を扱わせていただく以上、自然世界そのものより自分たちが優位にあるのではなく、自然世界・自然摂理の中で生かされているという気持ちで香りづくりに取り組まななければ、香りは繊細であるがゆえ、心に響くいと艶やかな香りというのは創れない、というのも聞いたときは本当にその通りであると気づかされました。
杉の木々が教えてくれること
この日、宮司様からも大変興味深いことを教えていただきました。 先日ふと思うことがあり、山をみつめ、そして杉の木々が生い茂るその山肌をみて、「これだけ杉の木々が密集しているのに、根はどうなっているのだ?」と思ったそうです。
気になり林業専門家に伺ったところ、「杉の木々は密集しているが、根が絡み合うことはなく、それぞれの場所の中で根をはり、生きている」と教えていただいたそうです。
それはまるで、私たちが自分たちの家の土地を区画ごとに区切り、その中で建物を建てて暮らしているのと同じ。 木々もまた、それぞれの土地を奪うことなく共存共栄しているのだと知ると、自然の凄みを感じます。
自然に触れ、自然を感じる
東京の喧騒とした都会の中で生まれ育った私にとっては、こうしてこの土地に来て学び知るものははかり知れないほど大きいです。
それは、自然の移ろいを体感でき、自然に触れ、自然を体感できるということ。
夏は太陽にむかって輝くように咲いていたひまわりも、秋になるとこうして花びらを落ち、枯れ果てたかのよう。しかし、これも来年大きな花を咲かせる準備にはいっている自然の過程のひとつ。
自然の移ろいを感じながらも、その時の旬の美しさを感じ愛でる、それもきっと旬のものを大切にしてきた日本人の精神なのかもしれませんね。
今年の5月に田植えした苗もこうして成長し、輝く稲穂となりました。
来週は、いよいよ稲刈り。 来週くるまで、どうか実をつけたままでいてね・・と言わんばかりの思いで語りかけてしまいます。
自然との触れ合い、村の方々との交流、この土地にくると本当に心が安らかになり、後ろ髪を引かれる思いでこの地を後にし、東京へと帰路につきました。