いやしの祭典にてワークショップ開催

 Juttoku.店舗
Juttoku.の世界観や香りを五感で感じ取れるJuttoku.神楽坂弁天町店。本コラムでは、お店でのあれこれをお届けします。

印香づくりのワークショップ開催

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日本アロマコーディネーター協会が主催する「いやしの祭典2015」にご招待をうけ、浅草公会堂にて印香の体験ワークショップを開催させていただきました。

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店舗内ではなく出張ワークショップという形で行わせていただいたため、原料をいれるケースなどはきちんとしたお皿ではなく、簡易的なケースにしてしまいましたが・・・・、印香を作る原料は全て淡路島の職人さん経由で仕入をした天然の香原料です。

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9種類の原料の香りをひとつひとつ聞いていただき、そして特徴を知っていただき、調香し、型抜きでオリジナルの印香を作っていただきました。

ご参加いただいた方々はアロアに精通されている方も多く、私どももアロマの精油との比較のご紹介などを織り交ぜながら、アロマとはまた違うお香の世界を楽しんでいただきました。

 

目には見えない香りを表現する楽しみ

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  Juttoku.の香づくりのワークショップで心がけているのは、日本人には馴染み深いお香がどのように作られるか、香りの原料となる自然に生育している植物への理解、調香する過程に洗われる和の精神、そして、何よりも、目に見えない香りを形で表現する楽しさになります。

一つ一つの香りをまぜ合わせていく過程は、楽しく、また、香りを作るということは自分の心の声を聞きながら感性を研ぎ澄ませながら作りますので、そのひとときはなんとも心和やかなひと時です。

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また、目に見えない香りを形で表現することができる印香は、ワークショップ毎にオリジナルの形ができあがったりするのも楽しみの一つ。

中でも、今回ご参加いただいたお客様は恐竜を作られました!!

香りをつくり、練り合わせていくなかで、様々な想像がかきたてられるのでしょうね。
各々の表現のしかたに、私どもも楽しませていただいております。

 

新しい出逢いに感謝

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 本イベントでは、Juttoku.の商品もご紹介させていただきました。

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会場内ではここだけ和室だったため、靴をぬいでわざわざお越しいただくかたちではありましたが、様々なお客様にお越しいただけてとても嬉しかったです。

 

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日本には古の時代より香りに親しみ、香りが暮らしの中で根づいていたため、アロマで香りが好きな方々と様々なお話を伺えたり、またご紹介させていただくことができたりと、とても有意義な日を過ごすことができました。

ご来店いただいたお客様、そして、ワークショップにご参加いただきましたお客様、誠にありがとうございました。

 

また、最後になりましたが主催していただいた日本アロマコーディネーター協会の皆々様には最初から最後まで様々な面々でお世話になり誠にありがとうございました。

いやしの祭典は、本年度より日本全国をキャラバン形式で開催されるとのこと、ぜひお近くのエリアで開催される際は足をお運びください。その土地での香りもまたきっと違ったりして、楽しいこと間違いなしだと思います。


日本アロマコーディネーター協会 主催 
いやしの祭典 2015 
URL:http://www.jaa-aroma.or.jp/iys_2015/
[今後の開催地]
・2015年10月18日 沖縄
・2015年10月25日 伊香保
・2015年11月1日 名古屋
・2015年11月3日 大阪
・2015年11月14日 仙台
・2015年11月22日 高知
・2015年11月29日 広島
(参考元:いやしの祭典 HPより)


 

 

実りの秋

Juttoku.便り
心に深い安らぎを与えてくれる「美しいカオリ」を、自然と調和する「美しいくらし」に、をコンセプトにもつJuttoku.。
四季の美しい日本にいながら、自然と調和する暮らしのなかで、日々様々な出逢いや学びに恵まれます。それは、自然の時間の中に自分を置くことで感じることや、自然をつうじて学ぶ日本の美意識、そして旅先などで見聞することなど。本コラムでは、Juttoku.の折々の暮らしをお届けします。

稲穂

待ちに待った実りの収穫の時期

先週の訪問から一週間が経ち、また奈良県天川村へ。

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今回は、今年の5月に早乙女として御田祭に参加させていただき田植えした稲穂を収穫しに、抜穂祭に参加してきました。秋晴れの清々しい天気に恵まれ、絶好の収穫日でした。

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 日本では古くよりお米が主食であり、また江戸時代まではお米を年貢として納めていたほど、日本の暮らしの中では米づくりは不可欠でした。

現代は農耕技術も発展し安定した米作りが可能となってきておりますが、昔は稲作も重労働であり、人知では計り知れないほど自然の影響を大いに受ける米づくりはまさに神へすがる思いであったでしょう。

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田植えして収穫するというのはこれで3回目になりますが、今年は夏に大雨に見舞われ、村の一部も土砂崩れに見舞われ一部の村の方が避難を余儀なくされるほどでした。また、8月後半からは曇り空が続いたり日照時間も少なく、天気予報をみては「稲は大丈夫かなぁ」と思い煩うことも。

しかし、こうして稲穂も色づき収穫をむかえることができるのはなんともいえない喜ばしさを感じます。 今でさえ無類の喜びを感じるのですから、昔の人々は湧き上がる喜びに包まれていたでしょうし、何よりも、神々への感謝の気持ちもひとしおだったことと思います。

 

収穫を祝い、神に供える

天川大弁才天社での抜穂祭は、まずは本殿で収穫を迎えることができることへの感謝の祈りと神々へお伝えしたのち、神田に移り、再度神田(しんでん)の前で祈りと感謝の祝詞をあげます。

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そして、作長(さくちょう)さんにより、神殿に奉納する稲穂を刈り取ります。

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 きれいに実りがついた稲穂を刈り取ったのち、

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神官が受け取り、

DSC_1071神殿へと奉納されます。

 稲穂4そして、いよいよ刈り取ります。 もちろん、機械ではなく鎌(かま)での作業。

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腰をかがめて鎌で刈り取る作業は、見た目以上に重労働です。今年で3回目といえども、まだまだ初心者な私の刈り取るスピードは、ベテランの村のおばちゃん達には勝ることは到底できず。

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刈り取りが終わると、今度は稲穂を束にしていきます。

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去年刈り取った際の藁をひもにみたて、手いっぱいに掴んだ稲穂を束に。

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この作業は単純なようで、ちょっと難しいです。不器用な私には、なかなかうまく束ねることができず。

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こうして、藁でギュっと束ねられた稲穂は、次の作業へ。

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刈り取られた後の田んぼに建てられた竿に、先ほどの稲穂を掛けていきます。

DSC_1077これは、「掛け干し」といわれ、地方によっては稲木、稲架とも呼ばれるそうです。

DSC_1093刈り取った稲穂を掛けて天日干しさせ、自然乾燥していきます。

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穂を下にしてゆっくり乾燥。

DSC_1102逆さにして干す事により、稲の栄養や甘みが穂先の米粒に集中していき、旨みが増していきます。

 

 

米、食べ物をいただくことへの感謝の気持ち

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 こうして数時間の刈り取り作業が終わると、黄金に輝いていた神田がどことなく心寂しくも感じます。

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 しかし、傍らにはこれだけの多くの稲穂を収穫することができました。

 DSC_1091収穫作業後の直会の食事は、腹ペコの胃袋を満たしてくれるほどおいしく。ついつい、何杯もおかわりをしてしまいます。

そして、何よりも普段当たり前のように食べているお米ひとつにしても、自分たちの手で育てていくとより”ありがたさ”を感じ、『いただきます』という言葉に秘められた感謝の念抜きに口に運ぶことはできません。

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古の時代より、日本人の食生活を支えてきたお米。 時代が移り変わり技術が発達した現代でも、人知では計り知れないほどの自然の影響を受け、自然の恵み、そしてそれを丹念に育てあげてくれる農家の方がいて私たちは食べることができます。

実りの秋をむかえ、「飽食」の時代といわれる今、あらためて「感謝」の気持ちに立ち返り、心こめて「いただきます」といい食していきたいものですね。

 

 

 

自然の叡智を学ぶ

Juttoku.便り
心に深い安らぎを与えてくれる「美しいカオリ」を、自然と調和する「美しいくらし」に、をコンセプトにもつJuttoku.。
四季の美しい日本にいながら、自然と調和する暮らしのなかで、日々様々な出逢いや学びに恵まれます。それは、自然の時間の中に自分を置くことで感じることや、自然をつうじて学ぶ日本の美意識、そして旅先などで見聞することなど。本コラムでは、Juttoku.の折々の暮らしをお届けします。

コスモス

自然の叡智を学びに

石上神宮を後にし、向かうはJuttoku.のアロマを作っていただいている天川村。

道中、吉野にも立ち寄りました。Juttoku.のアロマオイルは、吉野檜の間伐材から精油を抽出しております。山々に生い茂る吉野檜を仰ぎみながら、大地にしっかりと根を張り大きく枝葉を伸ばしています。手入れが行き届き質がよく檜の中でも吉野檜は高級材といわれていますが、どっしりとそびえながらも、風が吹くとなびく枝葉をみると、まるでちっぽけな自分にゆらぎ、静かに寄り添ってくれるかのようなそんな安心感と神意をも感じさせてくれます。

吉野神宮

途中、第96代後醍醐天皇を祭神とする吉野神宮には初めて立ち寄り、吉野の地、そして自然への感謝を祈り伝え参拝してきました。

 

自然に立ち返ることができる場所

天川

今回は道中いろいろと立ち寄ってしまいましたが、ようやくたどり着いた約2か月ぶりの天川につくと、長い旅路の疲れを忘れてしまうほど。

村村の人たちに会い「お~お帰り~!」という言葉で迎えいれてくれると、心の底からの安らぎに浸ってしまいます。

天河

8月末に創業7年目を無事に迎えることができた御礼とご報告に、天河大弁才天社に。

天河2この土地にご縁をいただくことになってから早3年強・・。ここに来るたびに心が洗われ、喧騒とした都会から離れ静かな空間の中で己と向き合うことができ、自然の中に生かされているという道理もようやく腹に落ちるようになってきました。

お香を作ってもらっている淡路島の職人も、天川でアロマを調合してもっている調香師も、「自然の香りそのもの、素材の香りそのものがどれだけ尊いか」といつも言っております。固体、液体、表現はそれぞれ違えども、そこに共通するものは自然であり、敬う想いがあるからこそ、製法ひとつひとつにも思いがこめられ、それが結果としてのこだわりになるのだと思いました。

自然から産出される天然の香原料を扱わせていただく以上、自然世界そのものより自分たちが優位にあるのではなく、自然世界・自然摂理の中で生かされているという気持ちで香りづくりに取り組まななければ、香りは繊細であるがゆえ、心に響くいと艶やかな香りというのは創れない、というのも聞いたときは本当にその通りであると気づかされました。

 

 杉の木々が教えてくれること

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 この日、宮司様からも大変興味深いことを教えていただきました。 先日ふと思うことがあり、山をみつめ、そして杉の木々が生い茂るその山肌をみて、「これだけ杉の木々が密集しているのに、根はどうなっているのだ?」と思ったそうです。

気になり林業専門家に伺ったところ、「杉の木々は密集しているが、根が絡み合うことはなく、それぞれの場所の中で根をはり、生きている」と教えていただいたそうです。

 それはまるで、私たちが自分たちの家の土地を区画ごとに区切り、その中で建物を建てて暮らしているのと同じ。 木々もまた、それぞれの土地を奪うことなく共存共栄しているのだと知ると、自然の凄みを感じます。

 

 

 自然に触れ、自然を感じる

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東京の喧騒とした都会の中で生まれ育った私にとっては、こうしてこの土地に来て学び知るものははかり知れないほど大きいです。

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それは、自然の移ろいを体感でき、自然に触れ、自然を体感できるということ。

DSC_0979夏は太陽にむかって輝くように咲いていたひまわりも、秋になるとこうして花びらを落ち、枯れ果てたかのよう。しかし、これも来年大きな花を咲かせる準備にはいっている自然の過程のひとつ。

DSC_0977自然の移ろいを感じながらも、その時の旬の美しさを感じ愛でる、それもきっと旬のものを大切にしてきた日本人の精神なのかもしれませんね。

 

いね  イネ今年の5月に田植えした苗もこうして成長し、輝く稲穂となりました。

稲穂来週は、いよいよ稲刈り。 来週くるまで、どうか実をつけたままでいてね・・と言わんばかりの思いで語りかけてしまいます。

 

自然との触れ合い、村の方々との交流、この土地にくると本当に心が安らかになり、後ろ髪を引かれる思いでこの地を後にし、東京へと帰路につきました。

 

 

 

 

神話の神々に会いに石上神宮へ

Juttoku.便り
心に深い安らぎを与えてくれる「美しいカオリ」を、自然と調和する「美しいくらし」に、をコンセプトにもつJuttoku.。
四季の美しい日本にいながら、自然と調和する暮らしのなかで、日々様々な出逢いや学びに恵まれます。それは、自然の時間の中に自分を置くことで感じることや、自然をつうじて学ぶ日本の美意識、そして旅先などで見聞することなど。本コラムでは、Juttoku.の折々の暮らしをお届けします。

石上神宮

神話の神々に出会いに

月一参りと打合せのため天川へ行く道中、石上神宮へお参りに行ってきました。

日本最古の神社のひとつ

石上神宮は、伊勢神宮と共に『日本書紀』に記された最古の神宮で、物部氏の総氏神とし、健康長寿・病気平癒・除災招福・百事成就の守護神として信仰されてきました。

御祭神は神武天皇がご東征したさい、国土平定に偉功をたてられた韴霊(ふつのみたま)の剣とその霊威を布都御霊大神(ふつのみたまのおおかみ)、鎮魂(たまふり)の主体である天璽十種瑞宝(あまつしるしとくさのみづのたから)とその霊威を布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ)、スサノオノミコトが八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治された十握剣(とつかのつるぎ)とその霊威を布都御魂大神(ふつしみたまのおおかみ)として称え、相称して石上大神と仰ぎ、第十代崇神天皇7年に創祀されました。

 

心が洗われる研ぎ澄まされた空気

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参道を進むと荘厳に佇む鳥居。

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一例して鳥居をくぐると、そこは心が洗われるほど研ぎ澄まされた空間がひろがります。

DSC_0830元気のいい鶏の声が響き渡り、境内には放し飼いされていました。

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鶏は、『古事記』『日本書紀』に登場しており、暁に時を告げる鳥として、神聖視され、神様のお使いともされていますが、天の岩戸のさい、鶏が鳴き声を上げて天照大神を岩戸からお出ましになる様に手助けをした功績として神の遣いになったなど。

DSC_0833境内の中にはいたるところに、鶏が人間に警戒することなくただずんでおり、この朗らかな空間がまた心を落ち着かせてくれます。

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清らかな水が流れる手水舎で清めると、より心も体も洗われるかのように清らかに。

DSC_0838悠久の長い時が刻む自然の幽玄を感じつつ、進む先には・・・・

石上神宮2鎌倉時代末期(1318)に建立されたとし、重要文化財に指定されている『楼門(ろうもん)』がお目見えします。

 

 

 石上大神を仰ぎ、祈る

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厳かなきもちで楼門をくぐると、そこには待ちわびてたかのようにそびえたつ拝殿が。

 石上神宮_拝殿国宝に指定され、現存する最古の拝殿を前に。

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石上大神を仰ぎ祈る心は、自ずと感謝の気持ちと平和な世界へと・・・。

DSC_0843その祈りの声をききとってくれたかのように、さっきまでは曇り空だったのに、澄み渡るほどの秋晴れの空に。 これだけでも、不思議と至福な気持ちになります。

 

 

みなぎる生命力

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それほどまで大きくはない境内だが、神々を仰ぎ祈るなかで、この土地・空間からは自然のたくましい生命力が体にみなぎってくるのを感じます。

 

石上神宮_剣

 それは、スサノオノミコトが八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治したさいに使った十握剣(とつかのつるぎ)とその霊威である布都御魂大神 (ふつしみたまのおおかみ)が祀られてるからゆえ、悪を断ち切る力強さからくるのでしょか。

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 はたまた、『石上 布留の神杉 神さびし』と柿本人麻呂が万葉集で詠んだとされる神杉が地に根を張り佇んでいるように、神の気たる神聖な神気が宿っている杉が佇んでいるからだろうか。

境内をでるころには、身も心も湧き上がる生命力がみなぎっていました。

 

 

 物部氏に想いを馳せる

DSC_0888飛鳥時代、聖徳太子が大陸から渡ってきた仏教を認め、国内に広げていきましたが、その背後には古来の神を祀る物部氏と片や仏教に賛同していた蘇我氏との深い対立がありました。

結果的には、周知のとおり仏教は国内に瞬く間にひろがり、日本の文化の礎にもなり、神仏習合という他国にはない土着の風習ができました。

日本のお香は大陸より仏教とともに祈りの香として渡り、香木・香料が放つ香りで仏前を清め自らの身体をも浄めて仏を拝むという教えにはじまりがあります。

これは日本がそもそも高温多湿の風土で、清浄を最高のものとする考えが根付いており、また、『古事記』『日本書紀』にもイザナギが死穢の国である黄泉の国から帰還した後に禊ぎ祓え清めたとあるように、「禊祓」の習慣が定着していたからこそ、仏教と共に伝来してきた「香」も、すんなりと受け入れていったといわれています。

神杉

古来の神を祀るのを重んじ、仏教の流布に危惧を感じていた物部氏にゆかりのある石上神宮。その境内で樹齢300年以上もする神杉を前に、悠久の時を経て、今はどう物部氏は思い、はたまた見守ってくれているのだろうか・・・、想いを馳せずにはいられませんでした。

 

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 心が研ぎ澄まされる清涼なひと時、そして、体の奥底から生命力がほとばしっていくのを感じながら、石上神宮をあとにし天川へと向かいました。

 

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境内の外には、神々しく咲く彼岸花。気持ちの良い秋の季節になりましたね。

 

 

 


DSC_0841石上神宮 

主神神:布都御魂大神 (ふつのみたまのおおかみ)
    布留御魂大神 (ふるのみたまのおおかみ)
    布都斯魂大神 (ふつしみたまのおおかみ)

場所:奈良県天理市布留町384


 

 

 

 

 

 

 

天界に咲く花を愛でる

花鳥風月~美しい自然の移り変わり~ 豊かな地球の恵みを敏感に感じ、絶妙な香りの配合を表現してきた先人たちの繊細な感性により培われてきた日本の香文化。それは、自然との共生を大切にし、様々なものを調和させ、新しいものを生み出す日本人の美意識そのもの。そんな日本人の美意識をはぐくむ「日本の美しい自然の移り変わり」を、本コラムでお届けします。

秋分

 

天界に咲く花

9月20日に彼岸入りし、23日には秋分の日を迎え、さわやかな秋風が吹く心地よい季節です。そして、自然の草花では、彼岸花が咲き乱れる頃となりました。

彼岸花

彼岸花は別名、曼珠沙華(まんじゅしゃけ)。これは、サンスクリット語でmanjusakaと呼ばれており、天界に咲く花という意味だそうです。

お彼岸の季節に咲くということもあり、旬なきれいなお花を見に埼玉県にある巾着田に行ってきました。

神秘的な赤に包まれ

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 約500万本の彼岸花(曼珠沙華)が咲き誇っている巾着田にある巾着田曼珠沙華公園内。入るなり、一面に広がる赤くひろがる景色は、なんとも神秘的です。

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「天の花」といわれるゆえん、 おめでたい事が起こる兆しに赤い花が天から降ってくる、という仏教の経典によるものだとか。

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花をみると、どの花も上へと向いている姿をみると、まるでほんとうに天で咲いていた花が降ってきたようにもみえます。

 

葉見ず花みず

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花のあとで葉が伸び、冬と春を越して夏近くになると葉は消えてしまい、花と葉を同時に見ることはできない。そのため、花のある時期には葉がなく、葉のある時期には花がないという特徴から、「葉見ず花見ず」と呼ばれています。
大輪の花が咲いているのに葉がないのは見ていてもなんとも不思議で、そこにより神聖なものを感じるのでしょうか。

 

天からの喜びを感じる

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実は、仏教の教えでは天界に咲く花には、蓮の花なども含め四華・五天華あり、その一つがこの曼珠沙華になります。

仏陀が法を説こうとすると天の神が喜び、それに答えるかのように天界に咲く花が喜びを祝い天から降り注ぐ、それが五天華だとか。

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 教えでは、曼珠沙華は、「この花を見ると自ずからと悪業から離れられる」という天界の花だそうです。

この悪業は、人様に迷惑をかけたりする犯罪ななどだけではなく、日ごろのしみついた悪い習慣のことも含まれるのでしょうか。

そういう意味もこめられていると勝手に信じ、秋分を迎え新たな季節をむかえた今、染みついた悪い習慣をぬぐいすて、良い習慣を身につけていきたいものですね!

 より早い時間に起きてお散歩の時間を楽しむ習慣であったり、瞑想を習慣づけたり・・、お香を焚いたり・・・・!

習慣が人生を創るともいいますしね。

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 皆さまにも、これらの写真をつうじ曼珠沙華の教えが伝わり、新たな季節が新たな気持ちでスタートできると幸いです。

 

 

 

旬の花を愛で

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 そして、何よりもぜひ巾着田へも足を運んで直接観賞してみてください。今がまさに見頃だそうです!

巾着田

 

 


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巾着田曼珠沙華まつり

場所:埼玉県日高市大字高麗本郷125-2
URL:http://www.kinchakuda.com/

 


 

 

 

 

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