香を聞き、明鏡止水

Juttoku.便り
心に深い安らぎを与えてくれる「美しいカオリ」を、自然と調和する「美しいくらし」に、をコンセプトにもつJuttoku.。四季の美しい日本にいながら、自然と調和する暮らしのなかで、日々様々な出逢いや学びに恵まれます。それは、自然の時間の中に自分を置くことで感じることや、自然をつうじて学ぶ日本の美意識、そして旅先などで見聞することなど。本コラムでは、Juttoku.の折々の暮らしをお届けします。

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明鏡止水

寒風の吹く日が増え、今年も残りわずかとなりました。ついこの間まで暑さをどうしのぐかに頭を悩ましていたにも関わらず、今となっては寒さをどう凌ぐかに苛むばかり。季節の変化、自然の移り変わりを体感できる喜びもさることながら、時の流れの速さにも驚くばかりです。

ここから個人的なお話となり恐縮ではありますが(また、このようなことをこのような場で申し上げるのも躊躇いもありますが)、実は今年の夏ごろより仕事の量を控え、少しお休みをいただいておりました。

生きていくと様々なことに直面していくのは世知辛く感じることも・・・。家族の病などに長年向き合ってきたものの、どこか片手間になったまま真剣に向き合うことができずにダラダラと何年もの年月を重ねてしまっていたような反省もあり、しばらくの間、無理わがままを言って、じっくりと家族と向き合う時間をいただいておりました。しかし、その時間はおのずと自分自身と向き合う貴重な時間にもなり、長年苛まされていたことが減り、明鏡止水の心境に立ち返ることができたかのように感じています。

 

水のように落ち着いた平静な心

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明鏡止水。この言葉の起源は中国の伝承・寓話にあるそうなのですが、この言葉の真意を知ると奥が深いとただただ頷くばかりであります。

 

塵がつくと物事がはっきりと見えなくなる

明鏡止水は、「明鏡」と「止水」という二つの言葉で構成されています。まずは、明鏡について。

 

鏡がよく磨かれていれば塵や垢がつかない。それらがついてしまうのは鏡が汚れているからだ。塵がつくと物事がはっきりと見えなくなる。立派な人と長く過ごしているとよく磨かれて過ちをしないようになる』

 

ある師匠に弟子入りをしている二人の弟子の会話のやり取りの中の一節になります。弟子の一人は悪事をはたらき罰として足を切り落とされる刑を課せられたもの、もう一人は、宰相という地位につくもの。 身分、地位は明確な違いがあり、宰相は自分を見下したり、同等と考えるもう一人の弟子へ不満を口にしたところ、足を切り落とされたほうの弟子が上記のような返答をしたという伝承・寓話からの一説です。

 

 

水のように落ち着いた平静な心

もう一つの「止水」という言葉には、このような物語が。

孔子の弟子である常季(じょうき)は、王駘(おうたい)という人物の元に多くの弟子が集まっていることに不服を感じていました。自分が仕える孔子のほうが博学で立派で素晴らしいのに、何故、ただ悟っただけである王駘に多くの人が集まるのか、それを孔子に聞いたそうです。

 

すると、孔子はこのように答えたそうです。

それは心の静けさのためだ。人が鏡がわりに映して見ようという水は、 流れる水ではなくて止まっている水である」(荘子「徳充符篇」)

つまり、王駘という人物は、まるでじっと止まっている水のような落ち着いた静かな心をもっているから、鏡代わりになる静かな水面が人々の心の鏡になり、自分の心を見たいという人々の心を彼をつうじてうつしだされるからである、ということを仰ったのでしょう。

この「明鏡」と「止水」という言葉が一つになり、くもりのない鏡と波立たない静かな水のように、心にやましい点がなく,澄みきっているという意味の「明鏡止水」という言葉が生まれたそうです。

 

 

 

荒波だつ心をみつめる

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明鏡止水が表す情景を鑑みると、今までの自分の心がいかに曇り、そして荒波たっていたのかと顧みてしまうばかりです。

こうして今の仕事を始めて今年で8年目になりましたが、始めたきっかけである「お香をつうじて、心安らかな時間を提供するお手伝いをしたい」にもかかわらず・・・、肝心な自分自身がまだまだその心境を心得ていなかったと反省していました。

家族の病の狭間のなかで個人的にも体調を完全に崩していた8年前に比べては、すこぶる元気になり心のバランスもよくなってきたと思っていましたが、きちんと自分自身と向き合うと、うわべをとりつくろうとしていた自分がいるのにも気づき、ようやくその状態を素直にみつめることできました。
(見つめることには、正直な話、とても勇気がいりました。自分はそうではない、認めたくないエゴの自分も垣間見えたり。自分ひとりでは何もコントロールすることができない家族の病のことなどもあったので。)

 

 

静寂な時間を慈しむ

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荒波だつ心を落ち着かせたいのであれば、はてはて・・・どうすれば・・・・・と思いながらも、日々の慌ただしい事柄やそれに相重なるように様々な感情や雑念などにおそわれる中、朝・晩の香を焚きながら何も考えない時間というのを多くとるのだけは日課とし、気づけば完全な習慣になっていきました。

そんなある時、ふと気づいたのが、意識して静かな時間をとって、その時間を楽しむように心がければいいだけのことだと。

 

「無常感」と、世俗から脱俗の空間

そう気づいたときに、思いだした文章がありました。

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行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。

これは有名否鴨長明の『方丈記』の一説です。鴨長明が書いたとされるこの時代は、まさに「戦乱・混乱の時代」でありました。鴨長明自身もまた、その時代の影響をうけ、自らの立身出世などの落胆や挫折を経験しており、様々な経験を通じて彼が感じえたもの、また「自然災害」にも見舞われることがおおかった当時の社会背景が見事にうつしだされており、「無常感」という日本人ならではの見方がうつしだされております。

 

この動乱の時代だからこそ悟りえた心境なのか。この「無常感」という達観した心持ちというのは、もはや、「自我を減却し、天地自然と融合していく」という東洋の価値観、日本人の価値観へとも通じていくものなのかもしれません。

 

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当時の人々(特に武将や文化人など)は、時として世俗(世の中)から脱却したいがために人里離れた自然豊かな山里で隠居することも考えたことでしょう。

 

しかし、そうすると経済的に生活することができないと理解していた人々は、発想の逆転から、日々の暮らしの中で自然そのものを生活の中、暮らしの場へと取り込むことをしていたといいます。そして、自分たちの屋敷の庭の一角に、四畳半の方丈の間を作り、意図的に山里のような隠家を作ったそうです。とてもすてきな発想でですよね。

 

この空間に入るときは、世俗の様々な悩みやしがらみなど様々なものを部屋の外にすべて置き捨て、祓い清めた心持ちで入り、自我を減却し、瞑想や心静まる時間を楽しみながら、本来の自分に戻るひと時を楽しんでいたといいます。

 

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山にても憂からむときの隠家や
都のうちの松の下庵 
(『雪玉集』)

これは、雅楽の師匠である豊原統秋が、屋敷内の庭の奥にある松の大木の元に隠家としての山里庵を作り、そのことを歌ったものです。 意味としては、「山の中にいてもなかなか脱俗の気分になれない。そうなればいっそのこと都の中の松の下に庵を結んで、そこで隠者としての時間をもとう」という感じでしょうか。まさに、そのことを歌っており心境を感じることができます。

 

 

居ながらにして自然と一体化する

ストレス社会と叫ばれるようになり、ストレスを抱えることがもはや当たり前の世の中になってきておりますが、時代は違えども、ストレスを感じる「心のありかた」というのはどの時代でも考えられてきた大きなテーマだったのかもしれません。

中世の時代の人たちのように、家の敷地内に別空間を作るというのは、世界からはウサギ小屋に住んでいるとも揶揄されている都会の中では、かなり無謀な試みになってしまいますが、意図的に自然を暮らしの中に取り入れ、居ながらにして自然と一体化するということは現代の世の中でも行えることであります。

華道の原点は自然の野山の風景を部屋の中に取りこむように、花や草木を活けて飾ったといいますが、そのように花を家の中に飾ったりするの一つの方法であると思います。

 

お香も自然そのもの

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しかし、もっと手軽にできるのは香を焚くことではないでしょうか。

草や木や根の部分などからできているお香もまた自然そのもの。火にくゆらすことで発せられるかぐわしい香りがその空間を彩り、そして、ゆっくりとくゆらぐ煙のように、焚かれているその時は静寂な空間へと誘ってくれます。

香を焚いているときは、まさに、山里の中で自己と向き合っているかのように、本来の自分に戻れる時なのかもしれません。

 

 

 

香を聞き、明鏡止水

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香では、香りを嗅ぐとは言わず、聞くと言います。それは、「心を研ぎ澄ませてお香の本質に迫る」というような意味もありますが、私はまさにその香木をはじめとして、香りが何を伝えようとしているのかを言葉では語られないその本質に心の耳を傾けるようなことにも感じています。

「香りを聞く」そのものを楽しむためにも、やはり心を研ぎ澄ます、いや、明鏡止水の心へと立ち戻ることが必要なのかもしれません。

 

 

日々是好日

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ざわつく心でいると、周囲で起こることや家族の病や自分自身のことでさえも、時として苛立ちや悲しみ、はたまたあきらめの境地に至ることもあります。しかし、落ち着いた心を保つと、発せられない相手の声や自分自身の心の声にもきちんと耳を傾けることができ、自分を責める感情なども消え、今あるその状態そのものに素直に向き合い、感謝できるようになりました。まさに、日々是好日になりつつあります。

 

「幸せ」は、永遠と探し求めていかなければいけず、遠い先にあると思っていたのですが、実は、“今ここ”にあるものなのかもしれない、とようやく気付くことも。

 

 

静まった心の境地にようやくなれたからなのか・・・・長々雑文で恐縮ですが、このような場でありのままの心根を露わにしてしまいましたが、今日からまたJuttoku.が大切と感じている自然の声もこの場を通じてまたお伝えしていければと思っています。

最後まで目をお通しいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

お香で心の陰陽のバランスを整える

花鳥風月~美しい自然の移り変わり~ 豊かな地球の恵みを敏感に感じ、絶妙な香りの配合を表現してきた先人たちの繊細な感性により培われてきた日本の香文化。それは、自然との共生を大切にし、様々なものを調和させ、新しいものを生み出す日本人の美意識そのもの。そんな日本人の美意識をはぐくむ「日本の美しい自然の移り変わり」を、本コラムでお届けします。
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秋分の日

今日は、秋分の日
太陽が真東から昇り、真西に沈み、昼と夜の長さがほぼ等しくなります。この日を境に昼の時間がだんだんと短くなり、秋が深まっていきます。

秋の夜長となり、虫の音が心地よい季節です。

 

陰と陽のバランス

長雨が続くなか、時にこのこの長雨を憂いながら窓から空を見上げながら、太陽が時には恋しく感じることがあります。ただ一方で、夏の盛りのときは太陽の陽が暑すぎて、涼を求めていた頃を思い出すと・・・・・偏りすぎずちょうど良い頃合い、バランスというのがが、やはり秋であったり、春なのかなと思いを巡らしてしまいます。

バランス・調和。

暑い時(陽)もあれば、寒い時(陰)もある。太陽が燦々と降り注ぎ明るく照らしてくれる(陽)、一方で、太陽が隠れて厚い雲に覆われているとどことなく暗い(陰)。

こうして天気や自然の姿をみていても、あらためて、陰と陽はそれぞれが逆の性質を持ちながらも、二極で一対となり調和を生み出している世の中なのだとあらためて思い知ります。

 

陰陽思想

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この世のあらゆる事象は、「陰」と「陽」の相反する二つの性質を持ち、両者の調和によって世界が保たれている』という教えである『陰陽思想』。

例えば、寒・暗・女・夜・冬・月・水・地・弱などが『陰』。それに対して、暑・明・男・日(太陽)・夏・火・天・昼・強などが『陽』になります。

これら二つは一見すると、対立しているものにみえますが、昼と夜があって一日となる、男と女があり人間が成立する、というように、“二元共生”“二極調和”の関係にあり、どちらか一方だけで成立したり、どちらかをなくす、ということはできない、相対するものがあっても実はそれが一つであります。

なんか・・・・少し哲学的な表現が続いてしまいましたが、お伝えしたいことはこちら。

万物負陰而抱陽、沖気以為和
万物は陰を負いて陽を抱き、沖気以て和を為す

(全てのものは陰と陽を背中合わせに抱えあっており、陰と陽を中和させる“気”によって調和を保っている。)

これは、陰陽思想に影響を受けたといわれる老子の言葉。この一言に、上記のことが端的に表現されていると思います。

いろいろと長々と書いてしまいましたが、要は「バランスが大切」であるということ、そして、そこに調和された平和な世界があるということを教えてくれています。

 

 

バランスをとる

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太陽の陽が昇り、沈み、そして月が昇り夜が訪れる、季節も暑い夏が過ぎ去り、徐々に季節も変化していき、冬の寒い季節が訪れる、というように自然の摂理の中では自ずとこのバランスというのは保たれており、その中で私たちはこうして暮らすことができています。

しかし、こと“自分自身”のこと、特に“心”となるとこのバランスを保つということがとても難しいのではないでしょうか。

心というのは時には荒れ狂う大海原なときもあれば、平穏な湖畔のようなときも。兎角、現代社会というのは情報であふれ返り、時間に追われたり、人間関係の不和もあったり様々なストレスがたまり、無意識のうちに怒りや悲しみという「陰」の感情に覆われてしまうこともあると思います。まるでもうだめだ、と心の叫びが聞こえるかのように閉塞感にかられることも。

でも、それもまた「人間の性であるなぁ」、と。時に歴史書等を読んでいると、時代は変われども・・・この「心」の向き合い方というのは生きていくうえでの命題であるようにも感じます。

どう自分の心と向き合い、陰に傾いた心を陽に転じていくか。 その教えには、長い歴史の中で種々様々ありますが、その中に実は「香」も一役買っています。

 

お香で心を整える

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時は、戦国時代。時の武将たちは様々な思惑をもち領土を広げたり、同盟を組み、そして戦いへと邁進していく。 今の時代からみれば生命の危機が常にさらされている殺伐としたなか。明日は我が身とまでは言わなくても、「死」という恐れとも隣り合わせだったことでしょう。

そんな殺伐としたなかでも「心を整える」ために、香を聞いていたそうです。戦の前に、一片の沈香の香木の香りを聞き、心を落ち着かせ、整え、そして「いざ出陣!」と戦へと向かう。

当時の武将たちは、様々な香料で交ぜ合わせた薫物よりも、香木の一片の香りを好んだといわれています。香木一片の香りに、自分の生命にも照らし合わせていたのでしょう。また、ある武将は戦の前に鎧に香りを焚き染めていたという逸話も。(これは、またあらためてお伝えできればと思います)

 

一片の香木から聞こえてくる香りに心を傾け、そして、心を静める。そこには、ゆっくりした呼吸もついてきます。

どのような香りを聞いていたか・・・そこは想像をする世界ではありますが・・・沈香にしても、はたまた・・・伽羅の香りにしても・・・・そこから漂う芳香な香りは、幽遠な世界へと誘い、静かに心に話しかけ、心にあふれかえる不要な感情を洗い払ってくれるかのよう。

 

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時代は移り変われども、心の向き合い方は、どの時代でも命題であります。お香が一役買ったとお伝えしましたが、何よりも一番は、肩の力を抜き、深い呼吸をするということはだれでもすぐに簡単にできます。

かぐわしい香りというのは、おのずと深い呼吸を促してくれるからこそ、理に適う方法であるのだとも思います。

 

もし今、悲しみや怒りなどの「陰」の感情に覆われているのであれば、ぜひお香を焚いてみてください。無機質にも感じる目の前の世界に香りが色鮮やかに彩り、そして、「はぁ~~~」と深い息をはきたくなると思います。

そうやって深い息をはくだけでも、心は静まり、陰陽のバランスが整います。

 

秋分の日が昼と夜の長さがほぼ同じということで、陰陽のバランスについて考えてみました。日本のお香のたしなみ方はさまざまあり、それを駆使していた先人たちに敬意を払いつつ・・・皆さまの暮らしのなかでも「お香」の香りで心彩り、人生もより彩られますように・・・。

 

 

すてきな秋分の日をお過ごしください*

 

 

 

「水引で作る籠づくり」WSレポート

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Juttoku.の世界観や香りを五感で感じ取れるJuttoku.直営店の「神楽坂弁天町店」と「表参道店」。本コラムでは、お店でのあれこれをお届けします。

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ご好評をいただいた「水引で作る籠づくり」ワークショップ

先日開催しました「水引で作る籠づくり」のワークショップ。とても楽しいひと時で、横で一緒に参加していた私どもも水引で編む時間を思う存分楽しんでおりました。 本日は、このワークショップの様子をご紹介します。

 

色鮮やかな水引に魅了されて

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水引は和紙を細くこより状にして糊で固めた物で、進物などの外側に掛けられると結界を意味して、進物の清浄を表します。

Juttoku.でもギフト用のラッピングとして、また、StudioGALAさんの床飾りなどでも水引には大変親しみをもたせていただいております。 様々な色鮮やかな水引は、その色の組み合わせで幾通りもの表現ができあがります。

 

本ワークショップでは、まずはお客様にお好きな色の水引を選んでいただくところから始まりました。

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約20色ぐらいある雅な色の水引から、8本を選びます。その色の組み合わせは自由なので、幾通りもの表現ができます。

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色選びからすでにお客様ごとの世界観があふれ出ます。

 

 

淡路結び

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今回の水引で作る籠は、基本的な編み方といわれる「淡路結び」で作りました。

 

dsc_0793一見、難しそうにもみえるのですが・・・講師の小林さんが一つ一つ丁寧に優しく教えてくれるので、あっという間に皆さま習得されました。

 

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作り方をマスターしてしまうと、あとは、もう無我夢中でもくもくと編んでいきます。 夢中で作業しているので、気づいたら無言でそれぞれ作業に没頭され、森閑とした空間になることも。

 

 

 

個性光る作品の数々

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今回ご参加いただいたお客様は皆さまが初めて水引づくりをしたという方々ばかりなのに、1時間のなかであっという間に思い思いの作品を作っていただきました。

色の選び方から、編み方の大きさなどによって、同じ籠でも全く違う表情をみせてくれます。

 

 

過去の記憶が蘇る

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今回ご参加いただいたお客様のお一方は、お生まれが愛媛。実は愛媛は紙の生産地、和紙や水引も良質なものが作られる産地でもあります。  そのため、水引で籠を作りながら「そういえば・・・小さい頃、お母さんの手伝いで水引をしていたのを思い出したわ」と。そして、そのときにしていた作業が、この水引を“クルクル”させること。

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祝儀袋などでも時々見ますが、このクルクルと丸めたこの飾りにも実は意味があるそうです。 それは、「いいことがくるくるとまた続きますように」「また出会えますように」など。

こうして水引の先端をクルクルとしてあしらうことで、受け取る側も、自然とこの気持ちを受け取るそうです。

なんともすてきなお話ですよね。

 

 

水引に魅了されて

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今回のワークショップでは、様々なお客様にご参加いただきました。
限られたお席ではありましたが、皆さまそれぞれが思い思いに楽しんでいただいたとのこと、私どももとても有意義なひと時を過ごすことができました。

 

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「NAGOMI」の水引デザイナーであり、今回このワークショップを行っていただいた小林さん。

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小林さんは水引の伝統や水引にこめられる思いをいつも教えてくれます。また同時に、一本の水引からつくられるその作品の素晴らしさにも魅了されるばかりです。

 

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これは小林さんが作成したという金魚。長年、水引工芸を先生から学ばれており、水引工芸という昔からある日本工芸を今に続けるという活動もされております。この画像は小林さんのインスタからお借りしましたが、ほかにもまだあるので、もしよろしければ、ぜひ小林さんのインスタを覗いてみてください。 「nagomi.yuki」がアカウント名になります。

 

次回もまた・・・*

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最後になりましたが、今回ご縁あってご参加いただいた皆様、まことにありがとうございました!

また参加したいというお声等もいただいており・・・・すでに次回のワークショップの計画が進んでおります。 内容が固まり次第、次回のワークショップについてはまたこちらのウェブサイト上でご報告させていただきます。

 

 

Juttoku.では、お香づくり体験をはじめ、日本から古くから和事をはじめ、忙しない中でもふとした静寂のひと時、そして、創作することで自分自身と向き合える、このようなワークショップを引き続き定期的に開催してまいりたいと思っております。 引き続きご愛好いただけますようお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

中秋の名月

花鳥風月~美しい自然の移り変わり~ 豊かな地球の恵みを敏感に感じ、絶妙な香りの配合を表現してきた先人たちの繊細な感性により培われてきた日本の香文化。それは、自然との共生を大切にし、様々なものを調和させ、新しいものを生み出す日本人の美意識そのもの。そんな日本人の美意識をはぐくむ「日本の美しい自然の移り変わり」を、本コラムでお届けします。

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秋の気配

朝夕日毎に涼しくなってきました。
盛夏の頃よりもだいぶ日暮れが早く感じたり、また、仕事からの帰り道には、懐かしい虫の声が鳴きはじめ・・・・蒸し暑さからようやく解放された安らぎを感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

さえざえとした夜空に月も星もくっきり輝き、秋の虫の音やそよ風から秋の気配がすぐそばに感じられます。

 

中秋の名月

秋澄む夜空にくっきり浮かぶ秋の月、特に旧暦の葉月15日夜の満月を「中秋の名月」「名月」「十五夜」と呼ばれており、一年の中でもっとも美しいといわれております。

今宵は、そんな「中秋の名月」の日。

秋澄んだ夜空にはえるお月様を愛でるときですが、このならわしは、唐の時代に中国から伝わってきた月見の祭事と、古来日本にあった月を祀る慣習が合わさったものです。

古代には欠けのない満月を豊穣の象徴とみなしていたともいわれており、秋の実りに祈りを捧げる行事でもあり、平安時代には貴族たちが舟遊びをして水面に映る月を眺めたり、杯に月を映したりして楽しんでいたそうです。

 

豊穣の月への捧げもの

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この季節は、多くの作物が実る豊穣の時であり、「時満ちて実を結ぶ頃」と満月の「月が満ちる」ということも重なり、月に感謝する特別な日です。

お月様にはこの時期が旬の野菜や果物、また里芋などのほかに、満月を表す団子を三方に奉書紙を敷いたうえに並べてお供えします。その隣には、豊穣をもたらす月の神様の依代と考えられてるススキの穂もしつらえます。

これらお供え物はお月様に捧げるとの意をこめて、月の出る方角へ正面をむけてお供えします。月から見て左が上座にあたるため、左に里芋などの秋の収穫(自然界の盛り物)を、人工のお団子は下座である右側にしつらえます。

ススキの穂は稲穂に見立てたもので、その秋の豊作の祈り、田の実りへの感謝を捧げます。また、葛などの蔓のある植物を飾ると、月の神様に通じるという意味合いもあるのとか。

 

自然界へ「感謝」

ここ東京は、生憎曇り空なので、きれいに月を眺めることができるか・・・気がかりではありますが、こうして「お月見」の習わし・理由を知ると、今夜は特別な夜な気がします。

現代の日本の暮らしでは、昔の方に比べては格別にあたかも簡単に野菜など食べ物を手にすることができますが、その背景には様々な働きをしてくださる農家の方、運搬してくれる方、そして、流通して販売してくださる方など多くの方々のおかげであります。
また、同時に、これら作物が美味しく実るには、太陽や雨などの天候、自然の働きがあってこそ。

今宵はぜひ香を焚き清らかな空間の中で、月見をしながら、自然や目に見えないけれどもこうして支え合っている社会への感謝の気持ち、そして・・・祈りを捧げてみてはいかがでしょうか。

すてきな月夜をお楽しみください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お知らせ

dsc_0656Juttoku.の「印香 満月」は、現在下記のイベント内にてお取り扱いいただいております。
◆ 銀座三越 7階 ジャパンエディション内
◆ 日本橋三越 本館 5階 ギャラリー ライフ マイニングスペース内 「月のワルツ展」

もしよろしければ、ぜひお立ち寄りください。


 

 

 

 

 

[お香づくり体験]今週お越しいただいたお客様の作品

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Juttoku.の世界観や香りを五感で感じ取れるJuttoku.直営店の「神楽坂弁天町店」と「表参道店」。本コラムでは、お店でのあれこれをお届けします。

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お香づくり体験

Juttoku.店舗では、今月も様々なお客様にご来店いただいております。誠にありがとうございます。

さて、毎日ワークショップを行っていると、お客様より他のお客様がどのような作品を作っているのか?と関心をいただいております。 そんな中で、今回はお客様の作品の一部をご紹介させていただきます。

 

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香りづくりも千差万別であり、その方々の個性が光りますが、それを目でみてわかる形にする表現の中でも、その方々の世界観が表現されたりしているのを目にして、日々刺激をもらいます。

 

このようなご要望等にお答えできるように不定期ではありますが、素晴らしい作品やお越しいただいたお客様を掲載していきたいと思います。

少しでもお香づくりに興味を持っていただければ幸いです。

 

 

お申込み方法

Juttoku.のお香づくり体験は、ウェブサイトからも常時申し込みを受け付けしております。
下記URLより、ご覧ください。

Juttoku.お香づくり体験:http://juttoku.jp/exp/

 

また、お申込みいただくにあたりご不明な点などございましたら、お気軽にお問合せください。
皆さまのご来店を心よりお待ちしております。

 

(Juttoku.表参道店店長:いぐちよしたか)