(長月)満月の夜~高村光太郎の詩~

花鳥風月~美しい自然の移り変わり~
豊かな地球の恵みを敏感に感じ、絶妙な香りの配合を表現してきた先人たちの繊細な感性により培われてきた日本の香文化。それは、自然との共生を大切にし、様々なものを調和させ、新しいものを生み出す日本人の美意識そのもの。そんな日本人の美意識をはぐくむ「日本の美しい自然の移り変わり」を、本コラムでお届けします。

長月の満月の夜に

秋分の日も過ぎ、日に日に秋の深まりを感じる今日この頃。ここ東京はあいにくの雨で満月を仰ぎ見ることはできませんが、厚い雲の上にはまん丸と光輝く月がいてくれていると思うとなんだかほほえましい気持ちになります。

 

高村光太郎の『道程』

先日お客様から高村光太郎の『道程』の詩についてお話を聞きました。

 

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちにさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため

( 高村光太郎『道程』)

 

詩の話を聞いていてふと思い出したのは、以前にこのブログでも書いた浜田広介氏の言葉でした。

 立ち止まり 振り返り

     またも行く 一筋の道だった

 

浜田氏のこの言葉と、高村光太郎氏の詩にうたわれている「道」というのは同じニュアンスにしても何か感じるものが違います。

あくまでも個人的な感覚ですが、浜田氏のこの言葉からは「きちんと歩んできた道筋があるのだから、安心してそのまま前へ進みなさい」という前向きな応援メッセージに聞こえます。

一方で、高村氏からの詩からは「過去に道があっても、この先の道はあなた次第」とどことなく諭されているように聞こえます。

 

満月の明かりに照らされて見える世界

満月の光を仰ぎみていると、心の内側に光照らされるものを感じてしまいます。

暗ければ気づかなくても明るくなると逆に気づいてしまい、不安になることも。

 

それは、自分の目の前には何も道がないということに気づいてしまうこと。

 

後ろを振り返れば自分が歩んできた道が蛇行したり真っすぐにあったとしても、一歩先に進む道というのは何もない。先に進む道は幾千もの可能性があるのかもしれないけれども、その道筋はなにもないからどうしていいのかわからない不安、この先の未来が不安に感じてしまうことも。まさにそれは「一寸先は闇」。

 

道は自分で決める

『道程』の詩は有名なので聞いたことがある方も多いと思います。ただ、今回お客様から教えてもらって驚いたのはこの詩は9行に集約されたものであり、元はもっと長い詩であるということ。

元の詩の最後の締めの部分で、高村氏はこのように書き記しています。

 

どんなものが出て来ても乗り越して歩け
この光り輝やく風景の中に踏み込んでゆけ 
僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る
ああ父よ 僕を一人立ちにさせた父よ

僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の氣魄を僕に充たせよ この遠い道程の為め

 

あなたはここから何を感じ受け取りますか?

 

今宵は満月。
満月の月夜に香を焚きながら“道”について思いをめぐらせてみては。

そこにきっと、あなたの進むべき道へといざなってくれる確固たる光を感じ取られるのではないでしょうか。

 

すてきな長月の満月の夜をお楽しみください。

 

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